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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20160105】本仏論という事の考察

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

先の記事で創価大学の宮田教授が日蓮本仏論について視点を変えた内容を発表した事について紹介しました。



僕自身、この日蓮本仏論を初めて目にしたのは未来部の時で、僕の中でも仏教といえば「お釈迦様」であり、仏とはお釈迦様しかないと考えていた処、それよりも根源の仏が日蓮だという本仏論は、当時の僕にとっても大変な驚きを与えました。

しかし青年部になり、御書や様々な教学を学ぶなかで、実は仏と言っても「色相荘厳な仏」とは「仮の姿」であり、法華経の如来寿量品で説き現されている「久遠実成の釈尊」という本仏観に驚き、また戸田会長が述べたと言われる「無量義経の三十四の否定」から導き出された「仏とは生命なり」という話から、この日蓮本仏論と言っても、なにか超絶した存在としての日蓮を定義した訳ではなく、あくまでも根底には「人間・日蓮」という事があっての本仏論だと理解しています。

だから宮田教授が言葉を悩みながら語った本仏論というのは、僕自身、共感できる内容でもあります。

そもそも「仏」とか「如来」とは何なのか?

この宮田教授の発言からネット上で様々な意見が飛び交いましたが、それらの議論のなかでは、この本来考えなければならない根本の義論というのが見えませんよね。

思うに宗教的な権威として語られる「本仏論」は一切不要なのではありませんか?

僕は大聖人を「日蓮」と呼んでいます。
これは何も侮蔑するとか、軽く扱っているという訳ではなく、鎌倉時代にいた大先達として尊敬を以て呼んでいます。

会社などでも上司や社長を、他社との打ち合わせの中では「○○」と名前で呼称しますよね。まさか「○○部長」とか呼びますか?
また名前のみで肩書きを付けていないからと言って、それが礼儀を失した事になるでしょうか。

これと同じ感覚です。

今ある本仏論、これは大石寺から受け継いでしまった思想ですが、これは日蓮という人間を見えなくする思考だと思っています。

以前にも幾度か紹介した逸話ですが、僕が法華講幹部と対論したときの話です。
この時はある御書をもとにした対論を行っていましたが、その時に法華講幹部は言いました。
「運ちゃんは誰の指導で御書を学んでいるのですか?」
僕は御書はそもそも大聖人が信徒に対して贈られた手紙である事を述べ、こう切り返しました。
「お手紙を読むのにだれか人を介在して講義してもらう必要がありますか?」
それに対して法華講幹部は言いました。
「御書は手継の師匠の指導の下で読まなければ我見となってしまう」
僕は反論しました。
「では四条金吾は御書にあるお手紙を頂いた際、必ず誰かの指導の下で読んだのですか?」
この言葉に法華講幹部は、まるでハトが豆鉄砲を食った様な顔をして黙り込んでしまいました。
「貴方は仏様のお心が理解できているのですか?」

師匠の手紙、まあこの場合は日蓮からの手紙を読む際に、誰かの解釈を必要とする。
こういった思考の根本には「日蓮本仏論」というのがあるのではないでしょうか?

はたして仏法の求める「仏」「本仏」とは、そういった権威的なものなのか。

「衆生と云うも仏と云うも亦此くの如し迷う時は衆生と名け悟る時をば仏と名けたり」(一生成仏抄)

仏と言っても衆生と言っても、そこにあるのは「迷悟」の差でしかありません。
信心という次元から言えば、そこに差はあったとしても、人としての尊厳、立場という事に差があるという事では無いはずです。

今の時代、こういった「本仏論」について、考え直すべき時に来ていると思います。
そういう意味で、宮田教授の本仏論への再考の姿勢というのは、一定の評価を、僕はしています。ただ問題は、現在の様な「師弟不二路線」を取っている創価学会に、そのような本仏論の転換を行う事が出来るのか?

ここについては大いなる疑念を持っています。

おそらくこの「日蓮本仏論」を見直しをかけるという過程で、「永遠の指導者」という会則で定められた三代会長の立場や、それに依存した「師弟不二」という中心の教義自身も、見直しを迫られる事が起こりえます。

何故ならば、大石寺の主張する日蓮本仏論とは、日蓮という凡夫僧を釈迦をも超える「根本仏」へと定義して、その権威の下で自宗派の権威づけを狙ったという論だと考えているからです。
そしてこの思想の形はそっくりそのまま、「永遠の指導者」という概念と、その指導者に対する「師弟不二」という事に連なっていると、僕は考えているからです。

さてさて、果たして創価学会として、この「日蓮本仏論」にどの様な新解釈を与えていくのか。
そこについて、僕自身は注視していく必要があると考えています。

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