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カテゴリー「宮田教授@日本宗教学会」の記事一覧

【20151130】日本宗教学会の宮田教授の発言について⑬

こんにちは(´・ω・`)

さて久しぶりになりますが、創価大学の宮田教授の日本宗教学会に於ける発言について、振り返りをしていみたいと思います。

前回まではハワイレポートなるものから、創価学会の世界宗教化に関する考え方について少し見てみました。そしてそこで「世界宗教化」を進める上で、実は創価学会が「股裂き状態」となっている事を述べました。



最近の会則改正に於いて、池田名誉会長が「日蓮世界宗創価学会」と揮毫した事を殊更に盛り込み、そこに創価学会として世界宗教化したいという事を暗示して示し始めています。また、佐藤優というジャーナリストをして以下の言葉を言わせていますよね。

「日本の小さな枠で考えてはいけません。創価学会は、これから日本初の初めての世界宗教になっていきます。将来、世界の三大宗教はキリスト教、イスラム教、創価学会になるでしょう」

創価学会の太鼓持ちのジャーナリストとしても、これは少し言い過ぎではないかと思いますが、この佐藤優氏の発言で、さぞかし現場の創価学会活動家は雀躍歓喜しているのではないでしょうか。でもまあ現在ある世界三大宗教の一つの「仏教」の代わりに「創価学会」というのは、いくら佐藤優氏であっても言い過ぎではないでしょうかねー?


「 ね、資料9、ですね、えーーー、SGI各国の、ホームページにおける教義紹介の差異についてというですね、私のですねホームページの論文ですけれどもね、まあそこにですね、SGIのまあ、あーどういう主張をしているのか、ね、そしてまあ日本の創価学会とどういう風に違うのか、ていうですね、そんな様な話をー、まあーあれこれ、まあ、ですね、えー、まあ代表的には、まあ英文でえですね、Not SGI Not Homepage No Nichiren、という処にかいてありますけれど、えーまあ翻訳一番下の行ですね、えー日蓮は法華経がブ ッダの悟りの本質をふみ、法華経が人々の苦しみを変え社会の繁栄を可能にする鍵となっている事を確信した。ねえ、もうここでブッダ、釈尊、法華経、そして日蓮。どこにも日蓮本仏論は無いですね。日本の創価学会のホームページには日蓮本仏論がありますけど。SGIにはありません。」

ここで宮田教授はSGI各国のホームページに内容に言及しています。
ここで宮田教授が述べている詳細は、以下の宮田教授のホームページにありますのでリンクをつけておきます。

SGI各国のHPの教義紹介の差異について
http://hw001.spaaqs.ne.jp/miya33x/sgihp.html

この中でSGI各国のホームページの内容では既に「日蓮本仏論」について記載が為されていないという事を紹介していますが、この「日蓮本仏論」、そう簡単に切り捨てられるものではないと思います。これ、日本の創価学会の中で、ですけどね。

日本国内において、創価学会の始まりというのは日蓮正宗と共に「僧俗和合」の団体としてスタートしています。これは牧口会長や戸田会長の時代の創価学会では当然の事でした。
牧口会長に至っては、この日蓮本仏論と共に大石寺の戒壇本尊を「根源の本尊」とする日寛師の教学に基づき、戦時中に特高警察の尋問の際でも、その必要性や正統性を堂々と述べていました。そしてその主張の下、牧口会長は獄死し、戸田会長も生きて獄から出て、その教えをもとに創価学会の礎の七十五万世帯を成し遂げたわけです。

その牧口会長・戸田会長の行動について、HP内で宮田教授は以下の言葉で否定しました。

「海外において日蓮本仏論を強調することは、SGIが仏教団体ではなく、仏教から派生した異端のカルト団体とみなされる可能性があるから、その表現に注意してほしいということであった。日本国内においては、日蓮正宗は700年の歴史があり、日蓮本仏論を主張してもカルト団体とは社会的に認定されないが、世界の仏教全体の中で、釈尊以外の歴史上の人物を釈尊より上位の仏として主張することは、他の仏教宗派から、さらには諸外国の仏教諸派が加盟する仏教協会からは仏教的主張とは見なされず、そのことが社会的にSGIを非仏教団体と認定する根拠となるだろう。大日如来や阿弥陀如来は歴史上の仏ではないから、それらを本仏とする仏教宗派はさほど問題されることもなく、またダライ・ラマが観音菩薩の化身であるという信仰は、まだ釈尊より下位の菩薩であるから許容範囲である。しかし日蓮は歴史上の人物であり、日蓮本仏論はその日蓮を釈尊より上位の仏として主張することであるから、海外のSGIの運動をカルト批判という脅威にさらす可能性がある。」

つまり「日蓮本仏論」を主張することは、世界から見たら「カルト団体」という認定を受ける可能性があるから、それを取り下げろという事なんでしょう。
それを考えたからこそ、SGI各国のホームページでは既に「日蓮本仏論」という事を一言も書いていないという事なんですね。

おいおい、、、待て待てよ。
別に牧口会長や戸田会長の信仰の根源を否定するのは構いませんが、創価学会では両会長はとても大事な存在なんですよね。

創価学会の会則では、牧口・戸田・池田会長の三代を「永遠の指導者」として規定しているじゃありませんか。

「牧口先生、戸田先生、池田先生の「三代会長」は、大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現する使命を担って出現された広宣流布の永遠の師匠である。「三代会長」に貫かれた「師弟不二」の精神と「死身弘法」の実践こそ「学会精神」であり、創価学会の不変の規範である。日本に発して、今や全世界に広がる創価学会は、すべてこの「学会精神」を体現したものである。」
創価学会会則(1)抜粋

ここで3代会長の実践は「創価学会の普遍の規範である」と会則では述べています。

では宮田教授はこの会則について、どの様な見解を持って日本宗教学会に於ける発言や、HP上での発言をしたのでしょう。

まさか「三代会長の実践」こそ規範であって、「何を」実践したのか、という「何を」の部分は関係ないとでもいうのでしょうか?

現に今の日本の創価学会の末端組織の中では、日蓮大聖人はいまだに「久遠元初・自受用報身如来 末法の御本仏 日蓮大聖人」と認識されているではありませんか。

先日の事、僕の知人の壮年部幹部に「日蓮は末法の本仏に非ず」と言った時、烈火の如く噛みつかれましたよ。

つまり日本の創価学会とSGIは別物という事なのでしょうか。

日本の教義と世界の教義は既に乖離をしているというのは、宮田教授の言から、また各国のHPの現状から理解できるのですが、少なくとも世界宗教という事を目指す創価学会が、こういったダブルスタンダード、大いなる矛盾を放置していたという事なんですかね?

しかも何年間、放置しているのでしょう?

また、ただ放置するだけではなく、そういう矛盾を含む指導者像を「永遠の指導者」と近年になって制定したという事はどういう事なのでしょうか。。。。

こんな稚拙な事しか出来ない創価学会が、今後、世界宗教化なんて実行できるのか、僕はこの一点をもってしても、無理だと確信しています。

今回、創価学会では勤行要典を変えて、日蓮本仏論を薄めています。
しかし末端組織の中では、まだまだ日蓮は末法本仏という意識は変革されてもいません。

もうね、おためごかしな教義改正も対外にしてほしいものだと思いますけど、末端組織の活動家幹部の人たちはこういった事に疑問すら持たない状況です。

「本部教学室アドバイザー」

これが宮田教授の肩書ですが、そうであればまずは日本の創価学会の中から、如何に日蓮本仏論を払拭するのか、そこを確立した後、その事について会員各位に徹底させていく事を考えてほしいものです。

「教義改正のロジック~♪」

なんてお茶ら化ている状況ではないと思いますが、どうなんでしょうね。

また創価学会としても「永遠の指導者」という事、また「師弟不二」についても早急に見直しが必要な状況だと思いますよ。

まあ僕的には既に「日蓮本仏論」についても「日寛教学の問題」についても、あるていど理解しているので、そこの点に関しては全然違和感が無い事ですが、創価学会の末端組織ではそんな状況ではありませんからね。

まずは創価学会の会員各位の中で、こういった事の認知度・理解度を高める事。
そして新たな教学体系等を見直す時期に来ているのは確実です。

でもそれは即ち、日本の創価学会の組織の足腰の脆弱性をより高める事にもつながっていく事でしょう。

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【20151101】日本宗教学会の宮田教授の発言について⑫

こんにちは(´・ω・`)
いやー11月となってから夕方の冷え込みが来るようになりましたね。
さて今回は宮田教授の発言についてつづけて書いてみます。

前回はハワイレポートの前半について書きましたが、今回は後半部について内容を見てみます。



「(2)世界宗教として考察すべきこと
海外における仏教理解は、日本のような宗派や教団意識はもてず、どのような教団でも、いわゆる仏教と理解される。
したがって、創価学会とか日蓮正宗とかという宗派的な考え方より、普遍的な仏教という考え方が、布教にあたっては大事になってくる。
教義的にも、ギリギリのところには、日蓮大聖人を立てなければならないが、日蓮大聖人の位置づけも、インドの釈迦再誕・日蓮であるとか、仏教国の日本で、偉い指導者が出て、カントリー仏教になったなどの位置づけをしていく必要がある。(釈迦仏教との連動性の保持)。すなわち、教義の普遍化ということだ。
また組織的には、日本に本部をおいて、全世界に命令をするという行き方は、無理であり、世界宗教としての組織形態にはそぐわない。
中央集権的なあり方ではなく、各国の自立性や地域性を認めていくということが必要。
例えば、……
布教は、メンバーの教化も、伝統的なキリスト教の方法を取らず、ブディズムとしての新しい方法でやることが必要だ。
キリスト教は、……教会で修行するとの方法をとって来たが、欧米諸国では、すでにこの方法があきられて来ている。
その意味では、アメリカや欧米諸国の宗教にはなかった、一般の家庭で行う創価学会の座談会がもっとも適している。」

ここでは日蓮仏法が世界宗教として進む上で考察すべき事を述べています。

さて、創価学会が世界宗教という事を考え始めたのはいつのころだったんでしょう。

確かに創価学会が根本としている(であろう)日蓮の仏法の中にも「一閻浮提」という言葉があります。これは「是をもつて案ずるに大集経の白法隠没の時に次いで法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(撰時抄)という御文からも読み取れますし、御義口伝の南無妙法蓮華経には「梵漢共時に南無妙法蓮華経と云うなり」とある通り、単に漢字文化圏だけではなく梵語の世界も「共時(同じ時)」という視点もあり、単に日本ローカルの視点だけではありません。

初代、牧口会長の言動には「世界広宣流布」という事は読み取れませんが、第二代戸田会長も世界を思考していた事は疑う余地もありません。
「戸田会長は逝去の直前、池田名誉会長に対して次のように語っています。「君の本当の舞台は世界だよ」「世界へ征くんだ」と—」(SOKAnetより抜粋)

「世界から悲惨の二字を無くしたい」

これが創価学会草創期にあった世界広宣流布の思いでした。
戸田会長もそれを求めていたからこそ、世界広宣流布というものを志向していたと思います。

その第二代会長の遺志をついで、第三代池田会長は世界へと教勢を拡大し、特にハワイでは定着していったという事なのかと考えるのですが、その世界へ出た事が結果として日蓮正宗との軋轢を生む結果となってしまいました。

戸田会長は日蓮正宗との僧俗和合という事を大事に考えていました。けして宗門と事構えるという事は考えていなかったのでは無いか。最近になり、様々な戸田城聖という人物像を考えてみるとそのように感じます。しかしながらその宗門の体質というか、組織文化というのは欧米を始めとして日本以外ではなかなか受け入れられないという事も解り始めたというのが現実だったのではないかと思うのです。

確かに世界では仏教と言えば釈迦しか知られていない。
日本の中の大石寺関係宗派が「末法の御本仏・日蓮大聖人」という事を述べ、釈迦よりも根本の仏が日蓮だという事を述べても、それでは海外に理解されずらいという事もあったのでしょう。

卒塔婆しかり、日本で特に顕著になった葬式仏教化しかり。
こういった日本の常識という考え方で、世界に展開しようとしても、それは到底受け入れられるものでは無いのです。

日蓮仏法の世界宗教化。これを普遍化と呼んでもいますが、それを実行する事で実は創価学会としては実質上の創立者の思いとは「また裂き状態」へとなってしまったのではないかと考えるのです。

今回紹介したハワイレポートの部分では、そういった事を読み取る事が出来るのです。

【20151028】【20151018】日本宗教学会の宮田教授の発言について⑪

こんにちは(´・ω・`)
いやねぇ・・最近なんですが、妙に学会に対して興味が薄れているんですよ。これは本音の処なんですけどね。
いや、学会というか今の社会に対しても何か疲れを感じてしまいます。

宗教を頭から信じ切れるという事、これはある意味で幸せなのかもしれません。なんたってその宗教の説く「夢物語」の酔う事が出来て、現実世界の問題を直視せずに済むんですからね。

前置きは何かわけ解らん状態を語ってしまいましたが、今日の記事は宮田教授発言の続きで、少し「ハワイ・レポート」について触れてみたいと思います。



創価学会は未だに「世界宗教」という事を標榜しています。
特許庁にはいまだに「日蓮世界宗」という商標を登録していますし、この宮田教授の発言の裏には「宗教の普遍化」そしてその先には「世界宗教化」という目的があります。

では宮田教授発言で、そのキーワードの一つである「ハワイ・レポート」とは一体何者なのか、少し見てみましょう。

この情報はネットで検索すると、いとも簡単に見つかります。
まあレポート本文はありませんが、そこで何が書かれていたのか、要旨については確認できる状況にあります。URLは以下のものです。

この文書は「東大教授柳川啓一の件(第二報)」と題されている文書で、本部広報室渉外局が本部中枢に報告したもので、学会の報告書式で10ページに渡り書かれているものだとありました。
報告日付は昭和53年11月4日となっていますが、この時期の創価学会はいわゆる「52年路線問題」で大揺れしていて、11月7日には「お詫び登山」という事で池田会長が大石寺を訪問した時期となっています。

この文書では「(1)創価学会は世界宗教」と表題が書かれ、ハワイの日系宗教調査を行っての所感が書き記されています。

曰く。
「創価学会のNSA的な運動は、世界宗教になりうるということだ。」
〈注:NSA=日蓮正宗・オブ・アメリカのことで、現在のSGIアメリカの前身組織〉

ここで書かれているのは、非日系人や英語世代となった日系人は、人生の生き方論を求めて、儀式宗教的なものではなく、生活に密着した宗教を求めており、当時のNSA(日蓮正宗アメリカ・アメリカSGIの前身)は、こういった要求に見事に答えており、日本宗教の中で異文化社会に定着した唯一の宗教になっているとの事でした。

さて少し視点を変えて。
人間の欲求というのはいくつかの段階があるという学説があります。「マズローの欲求5段階説」というのがそれです。

ここでは人間の欲求について五段階あると述べています。

1)生理的欲求
生きていくための基本的・本能的な欲求(食べたい、寝たいなど)で、この欲求を充たせれば、次の階層「安全欲求」を求めます。
2)安全欲求
危機を回避したい、安全・安心な暮らしがしたい(雨風をしのぐ家・健康など)という欲求が含まれます。
3)社会的欲求
(集団に属したり、仲間が欲しくなったり)を求めます。この欲求が満たされない時、人は孤独感や社会的不安を感じやすくなります。
ここまでの欲求は、外的に充たされたいという思いから出てくる欲求です。
4)尊厳欲求(承認欲求)
(他者から認められたい、尊敬されたい)という欲求が芽生えます。ここからは外的なモノではなく、内的な心を充たしたいという欲求に変わります。
5)「自己実現欲求」
(自分の能力を引き出し創造的活動がしたいなど)の欲求が生まれます。

この説とまずは日本の創価学会の展開を考えてみると、1の「生理的欲求」から「社会的欲求」を満たす事で、戦後の創価学会は当時の日本社会の中で受け皿としての役割を持っていました。
まさに戦後の戸田会長が率いた「貧乏人と病人の集まり」と揶揄された組織は、明日食べる米も無いという人が大半であり、そこに「日蓮仏法」という信仰を説き、その信仰の力で克服できると強く社会の中にアピールし、実際にそれを乗り越えたという体験を多く重ね、この役割を担ってきたと思うのです。

昭和五十年代のハワイの社会では、この欲求段階では「4)尊厳欲求」から「5)自己実現欲求」が求められる社会であり、既に社会は成熟期に入っていたのではないかと思います。一方、当時の日本はと言えば高度経済成長のあと、これから豊かになっていくという途上であり、僕が考えるに当時に日本社会の中ではいまだ「2)安全欲求」から「4)尊厳欲求」の萌芽が出始めた頃であったのではないでしょうか?

そういう意味でハワイで創価学会の信仰を展開する人たちは、日本社会の一歩先を進んでいたのではないかと思うのです。
ではどの様に進んでいたのか、それについては要旨が書かれていますので、そこを読んでみたいと思います。

「したがって海外には、ファンダメンタル〈筆者注:根本主義、原理主義のこと〉な日蓮正宗の教義をもっていっても理解されず、布教はまったく不可能といってよい。
海外の布教方式は、レイリーダー(在家指導者)のNSA方式しかないと断言出来る。」

ここでいう海外とは具体的にはハワイの状況を見ての考察だと思いますが、そこでは根本主義や原理主義は理解されない。また在家指導者の方式でしか布教が出来ないと断言しています。

つまり創価学会が基本として置いている「日蓮正宗」は足かせになるという事が明確に述べられています。

以前に僕自身、妙観講の幹部と対話を重ねた事がありました。
その時、日蓮という観点と仏法の捉え方についてはお互いに意見の一致を見ましたが、唯一意見の一致を見れなかったのは、妙観講の以下の信仰観でした。

「僧侶が上で在家が下という、いわゆる僧俗の立て訳は仏法の基本原理であり、それを抜きにしては仏法の修行は出来ない」

本来仏教とは出家者が教団の中心にいました。
しかしだからと言って在家が下とか出家が上というものでは無かったはず。僧と俗の立て訳は役割としての立て訳であり、けして身分の上下、信仰階層の上下ではありません。

しかし日蓮正宗はそれを求め、法華講をはじめとした宗門全体の組織の中には、それが抜きがたいこだわりとなっている事を僕は感じましたが、そういう宗門が持っている組織文化は海外では到底受け入れられないという事なのでしょう。

そりゃ日蓮正宗の信徒は海外にもいます。
しかしながら創価学会ほど展開の広さや定着率の深さを誇れるものではなく、言葉は悪いのですがカルト宗教的なレベルであると思います。

社会的に成熟度を増している当時のハワイでそうなのですから、日本の創価学会にしても、将来的にはそうなるという確信を、池田会長をはじめとした信濃町界隈に、このハワイ・レポートは与えたのではないでしょうか?

池田会長はこのレポートに先立つ一年前、関西戸田記念講堂にて第9回教学部大会の席上「仏教史観を語る」というものを講演し、この在家主体の仏教組織に舵を切ろうとした事は、こういう事について先見の明があったと言ってもいいのかもしれませんね。

でも結果としてそれが日蓮正宗との間に抜き差しならない亀裂を生じ、結果としては「52年路線問題」へと発展。第一次宗門問題へと進んでいく事になったのです。

このハワイ・レポートについてはもう少し続けます。

【20151018】日本宗教学会の宮田教授の発言について⑩

こんにちは(´・ω・`)

今日は天気が良く、少し暑さを感じる陽気でしたね。
こういう気候、これは「インディアン・サマー」というらしいです。
もうそろそろ10月後半ですね、秋から冬へ移り変わる時期なので、体調管理には十分気を付けて過ごさなければいけませんね。

宮田教授の発言について今日は続きを書きたいと思います。


えー、、それでぇ、今までの既成宗教はいわば民衆を、ね、まあそこってえのは寺院に従属(チーン)させる形で、あーもう時間が無いんで、できるだけ早く終わる様にしますね。まあ、ね、寺院に従属させる様な形でしたけれども、現在においてはぁですね、まーそれは、(・・・)ねぇ、むしろ寺院てえのはですね、そういう、まー、ね、信者を指導する立場、ね、信者が積極的にですね、そっから活動していく、そういう拠点にならなくちゃならないんですよ、ね、創価学会の会館てえのはそういう機能を果たしているんですよ、 というそんなお話でした。

前の記事でも書きましたが、池田会長の提唱した「仏教史観」とは、本音はともかく人間主義に基づいて日蓮仏法というものを現代流に展開した内容でした。
日本における仏教とは、導入当初から朝廷を守る事(鎮護国家)が目的であり、だからこそ平安時代においても「私得僧」というのは認められず、あくまで僧侶も「官(役人)」であり、出家に際しても朝廷から認められたものである必要がありました。

また「日ノ本仏教の聖地」と言われていた比叡山延暦寺にしても、歴代の貫首が朝廷に対して大きな影響力を持っていました。

これは僕の推論ですが、例えば法然や道元、日蓮もしかりですが、多くの鎌倉仏教の始祖が比叡山で学びながら結果として民衆の中に仏教運動を起こしたのは、こういった比叡山をはじめとする当時の仏教界へのアンチテーゼではなかったのかとも思います。

しかし江戸時代に入り、この鎌倉時代に起きた仏教運動というのは、結果といて「寺檀制度」の中で、現在でいう戸籍管理にあたる役目を与えられ、結果として民衆を睥睨する立場になってしまいました。
現に日蓮正宗にあっても江戸時代に、みずからの信徒を異端として幕府に告発し、結果として宗門から異端視された信徒は遠島となり死に至らしめた事もありました。

そして創価学会です。
創価学会も戦後において苦しむ民衆の中から、その不満や苦悩を引き受ける形で膨張してきました。そしてそれは結果として、当時、疲弊の極みにいた日蓮正宗という宗派を急速に膨張させる事にもなり、その宗門は急速に膨張した信徒たちから「搾取」する立場を強めていったのです。

そんな状況と世界に開くという事から、池田会長は「仏教史観」という事で、人間主義の観点から新たな日蓮仏法の在り方を提示し、それが結実したのが平成三年以降の「創価ルネサンス運動」であったと思います。

しかし結果として創価学会においても、旧来からある宗派同様、信徒たちを隷属させ利用する存在となってしまいましたよね。

僕は思うのです。
「世界宗教」へと開くのであれば、まずは現在の創価学会の組織文化を改める必要があるのではないか。政治のために会員を利用し、票田や新聞の固定資金源として会員を利用するのではなく、昭和五十二年に考えていた人間主義の仏法の展開という事を考えた組織体制にすべきであり、変革を進める必要もあるのではないかと。

しかしそんな事は今の創価学会に求めるのは、ほぼ不可能でしょう。
何故ならば多くの利害関係者を作りすぎ、いまの収益構造や利権構造を壊すことは、それはすなわち創価学会という組織の崩壊を意味する事になっていますからね。
 えー、それでそん次にですね、えーまあそういう意味で、えー、これは仏教学の精査を利用してですね、えー教義の解釈ていうのは日蓮正宗から創価学会へ移す、というですね、まあそういう様な動きであったと。
えー、この主張には**論的な背景もあり、池田の努力により世界各国への布教活動が進展していたが、えー、ハワイレポートとかにありますけれどもね、えー、まー、ねぇ、あれ、あれ、****、えーハギモトさんですね、それから、***、もうひとり、すぐ忘れちゃった、えー書いた論述が、そこに述べられている様に、えー海外では基本的にも日蓮正宗は不要である。という意識が生じている。えー資料8、ね、ハワイレポート、ね、えーまあ創価学会とNSA的な運動は世界宗教になる。ね、海外にはアンダメンタルな日 蓮正宗の教義を持って行っても理解されず、布教はまったく不可能と言ってよい。  海外の布教方式はレイデイざん在家指導者のNSA方式にしかないと駄目と。まあそういう様な事が書いてあります。それから日蓮本尊についてもですね、えー、結局的にも線ぎりぎりのところよりは、日蓮大聖人を立てなければならないが、日蓮大聖人の位置づけも、インドの釈尊、釈迦再誕日蓮であるとか、仏教の仏教国の日本で、偉い指導者が出て、えーカントリー仏教になった、等の位置づけをしていく必要がある。ね、釈迦仏教との連動性を残し、ね、すなわち教義の変化、という事である。また、組織的には日本本部に
て全世界に命令する、という言い方は無理であり、世界宗教としての組織形態(チーンチーン)に備える。 
 というようなぁ、まーというようなレポートが書いてありました。ねえ、えーそれで、ねー、まあー、ある程度自立するための55年路線、やったんですが、あ失敗してしまった。ねえ、だけれどもですね、そらー失敗したんだけれども日蓮正宗が正しい、という事を認めた訳じゃない。何しろね、皆さますごい批判はありますけれども、その批判にまともに日蓮正宗は答えていない。ねえ。創価学会としてはそういう様なものをいつまで引きずるわけには行きません。えーそれで第二次ですねえ宗創問題、まああって組織的に、まーそれ、あんまり動揺なくですね、えー分離いこうが、儀礼の面ではいろんな事をですね、独立していきました。ただ教義の改革についてはですね、なっかなかーですね、やんなかった。ていう事でですね、えーそ れでぇですね、まあ実際にはですね、SGIの方では先行しています。 

宮田教授も宗教学会でこういった事を発表するのは良いですが、もし本当にこれからの民衆仏法のための教義改正というのであれば、もっと組織の末端まで自分自身が語る教学展開を理解させる手を打ったらいかがかと思います。宗教学会でこういった事を発表するのは良いですが、日蓮が求めたのは学説としての仏法ではありません。

もし本当にこれからの民衆仏法のための教義改正というのであれば、もっと組織の末端まで自分自身が語る教学展開を理解させる手を打ったらいかがでしょうか?

次回はハワイレポートについて少し見ていきたいとおもいます。

【20150925】日本宗教学会の宮田教授の発言について⑨

こんにちは(´・ω・`)

いやー、毎度のことで仕事に忙殺されていて、ここ最近はちょっと御無沙汰していました。
ブログの記事に手をつけられない間も、「シリーズ日蓮」というものを読んで思索したりと様々やっていましたが、その思索の際にTwitterで呟いたりする訳です。

でもまあ僕の立ち位置というのは創価学会に足場を置いているわけでもなく、ましてや宗門側にも足を置いていませんので、ツィッターなどでは様々なレス(返信)が来て偶に神経をすり減らしたり。

学会の活動家からは「そんな批判ばかりやるならさっさと辞めろ」とか「卑怯者」と言われたり。宗門のちとオカシナ輩からは「まだ生きていたんだ」など、まあ様々あります。あと一方的に学会指導を送り付けてくる人もいたりと、まあー様々ありますよね。

以前の僕は、やはり創価学会の信心をとおして幸福になり、その自身の姿を通して社会に日蓮大聖人の仏法の素晴らしさや創価学会の正しさを示そうなんて考えていましたが、最近ではこういう考え方ではありません。

まあ確かに経済的に少しでも豊かになり、家族を養って行きたいという願望はありますので、それに向けて日々努力をするのは当然なのですが、そういう目標感を持ち生きていく中、様々な経験をするでしょう。それら一つひとつが大事な事であり、そういった事柄を通して少しでも人格的に磨きをかけていけたら良いかと考える様になりました。

その際に大事な事は「自分自身を信じる」ことであり、その為にお題目を唱え、日蓮をはじめ古今東西の賢聖の残した言葉を支えにしているという感じです。

これが今の僕の信仰観なんでしょうかね。

さて前置きが長くなりましたが、宮田教授の発表について今回も書いてきます。

 要するに創価学会なんかでも見解が分かれてますねぇ、ねえ。えー、それでぇまあ、各種の、ねえ、アジテーションがありましてですね、創価学会は日蓮にあまりにも執着する事によって、現代では適用できない日蓮の教義すら、絶対の信心として執着するのである。そりゃーまあ直した方がいいんじゃないの、てこういう様なぁーアジテーションですね、まあそういうの言われましてもね、そう簡単に変えるという訳にいきませんもんね。えーそれでぇ、そん次は創価学会がこの教義問題に本格的に着手したのは言論問題以後の、私の釈尊観、以後の仏教史シリーズの刊行であった。えーそれまでは日蓮の御書や日寛の六巻抄の掲載が教材であったけれども、あらたに池田は、青年部の人材育成に、従来日蓮正宗ではまったく扱われなかった、あー仏教学の成果を積極的に取り込んでいったと、えーその成果を発表したのが、まあ池田の仏教史観を語る、という講演で、そこでは維摩結経、法華経法師品を使用してですね、えー在家出家者、のみ法師としての資格としては同じである。ね、えーまあそういう事についてはですね、資料7、ね、えーここに法華経法師品の 関連(?) で、えー書いてあります。
 
ここで宮田教授はさわりですが、創価学会の五十二年路線問題の発端について触れています。

さて最近の青年部や壮年・婦人部の幹部でもこの「五十二年路線」と言われる事を知らない人も多いと思いますので、簡単に概略を説明すると、昭和五十二年に池田会長は独自の仏教観を発表するわけです。これが「池田の仏教史観を語る」という講演です。

「在家であっても供養は受けられる」「創価学会の会館は現代の寺院である」などなど。
当時、副会長であった福島源次郎氏は「人間革命は現代の御書だ」と口走り、宗門に対する批判まで行ったりして。
そこで宗門側から「教義逸脱も甚だしい」と猛抗議され、最終的には池田会長は勇退するという問題にまで発展したんですね。

この事の詳細は過去に創価学会が「大白蓮華別冊・日顕対座要求書」の中にも記述されていますが、当時の宗門攻撃の中で、創価学会の中でも脱会者が続出し、池田会長は最高幹部からも「謝罪して下さい」と言われる訳です。まあこの最高幹部には秋谷(当時、副会長)をはじめ、蒼々たる大幹部がいました。

その時の池田会長の言葉が。
「あやまって今回の問題が収まるのなら、僕は謝るよ。でもね、僕を謝らせた君たちの事は絶対に僕は忘れないからね(要旨)」というものでした。

そして謝罪会見と会長勇退がマスコミに発表される事になったわけです。

まあ簡単に言えば、池田会長は大石寺教学から一歩外に踏み出した。しかしその事が当時の宗門にとって気に食わなかったので反撃され、その宗門に同調して多くの幹部や活動家が脱会したという問題だという事も出来るでしょう。

「師匠は一歩出たが、弟子たちがそれを守れなかった歴史」

だから僕が青年部になった当時、この五十二年路線問題について多くの先輩に聞いてみても「屈辱の歴史だ」としか語られなかったのでしょう。

まあこの第一次宗門問題(五十二年路線)というのは、純粋な教義問題だけではなく、膨張を続ける創価学会と、宗門、そして創価学会の信濃町界隈の様々な事情が複雑に絡み合って発生した問題なので、一言で片づける事は困難ですね。

ただ残念なのは、この教学の新展開という行動は、それ以降、第二次宗門問題まで持ち越され、かつ「魂の独立」と言われた「創価ルネサンス」以降に再開されたのですが、結果としてなんだかヘンチクリンな「師弟不二」という教義に鞍替えされ、今にいたっては教義そのものがズタズタボロボロな状況になってしまっているという現実です。

いまの創価学会では、まともの教義や仏法を語れる人物が、きわめて少なくなってしまいました。

先に宮田教授がいった「人間主義」という観点を日蓮仏法に取り入れ、その展開をし始めたのは池田会長の画期的な功績であったのかもしれませんが、どうも今の創価学会では、その内容が歪に定着してしまった観があります。

そしてその歪さが、政権与党に入っている公明党の暴走を許し、創価学会の組織の中にも小さなヒビ割れを呼んでいるのではないでしょうか。

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