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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   
カテゴリー「平和考」の記事一覧

【20160303】平和について考えてみる②

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今日はひな祭りです。
僕には兄しか居ないので、ひな祭りというのは無縁なものでしたが、昔の人で女の子がいた家族は、この雛人形に娘の無事と成長を祈って飾ったのかもしれません。

確か「桃の節句」と呼んで、これは二十四節句のうちの一つですよね。

今日は一年の中の大事な句切の日という事ですね。

さて、平和とは何でしょうか?
これは単純に戦争が無い社会をいうのでしょうかね?

戦争とは国が行う外交という活動の一形態です。簡単に云えば国家というものが、どこかの国家と利害対立し、外交交渉でも折り合いがつかなくなったら、互いの国家の持ち会う武力で対決するという事で、その行為を戦争と言います。

この戦争という行為は国家の間では認められた行為です。だから国際ルールがあり、例えば宣戦布告だとか、捕虜は虐待してはいけないとか、まあ様々な決まり事も存在しています。

日本の自衛隊はこの国際ルールで動けない事が問題なのですが、それって知ってましたか?

「戦争反対!」
これはつまりこの国家の行為をするなという事であり、問題が起きたときには外交交渉など、非戦闘行為で問題を納めるべきであるという事でしょう。

この戦争という事について、第二次世界対戦以前の世界では、様々なお作法も、ある程度は守られていました。

また今の国連憲章では安全保障理事会の認めたものと、国家の自衛権行使以外の戦争は認めていません。

しかし戦争行為はその後の世界でも多発し、最近では紛争という、従来の概念の戦争とは異なる形の事が多発しています。

つまり従来の戦争とは異なった状況となっているという事です。

戦争という形が変わったという事は、単純に考えると平和の維持の形も変わるという事です。

一番顕著な例としては、皆さん良くご存じの「イスラム国」を名乗る組織との紛争でしょう。
これは組織と言いながら、多国籍間に渡る組織であり、従来の国家とは異なります。

だって国家として国連も当然、承認しているわけではないです。だからそもそも「外交交渉」という事もできません。

各国の軍隊というのは従来の戦争という事に、ある意味で特化された組織ですから、こういったある意味で多国籍間に拡大する「テロ集団」に対応することは困難です。

敵は国際ルールなんて関係ありませんからね。民間人だか戦闘員だか見分けも付かない。だからそんな処に軍隊を派遣しようものなら、泥沼化する事間違いなしです。

アメリカ等の国々が、シリアやイラクの攻撃で空爆主体としているのも、そういった事情があるからだと思えます。

まあこの「イスラム国」というのは極めて特殊な例かも知れませんが、要は従来の戦争観は通じない世の中に成りつつあるという事です。

またこういった事、今の日本にとって必ずしも対岸の火事ではありません。

日本には年間、どれだけの外国人が流入してきてますかね?観光目的だけでも相当数いると思います。
今年は伊勢志摩でサミットが開催されますが、例えばそこに「イスラム国」の構成員が観光の名を借りて入ってこないという保証はありません。

また何も「イスラム国」だけではなく、極東アジアで最近きな臭くなっている国として「北朝鮮」もありますよね。
日本国内には朝鮮総連がありますが、この北朝鮮もテロ行為を仕掛けてこないという保証も無いです。

斯くして今の世界というのは、不安定さを増した、昔とは異なるフェーズに入っているという理解を、平和を考えるのであれば、しなくてはならないのです。

でも今の与党もそうですが、野党を始め、右も左も従来の冷戦構造の延長線で、前時代的な戦争観しかなく、平和についても同じ観点でしか語ってません。

まずはこの認識を変えない限りには、この先の人類社会の中で、平和を維持するのは難しいのではないでしょうか?

この話、続けます。
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【20160302】平和について考えてみる①

こんにちは(´・ω・`)

いやー、毎日毎日鉄板で焼かれている様な日々です。
これではまるで「およげたい焼き君(わかるかなぁ~)」の歌詞の様な感じですね。

偶に僕は自分の中で反芻する事があります。
「何故、この様にまるで馬車馬の様に仕事をしているんだろう」

僕の場合ですが、それは単に「家族のため」という事になります。

独身の時、そうですねー、青年部時代の方が実は僕の生活は過激でした。
それこそ「いつ死んでも構わない」とさえ考えていた時期もありましたからね。

仕事をやり、その合間に会館に駆けつけ会合やその他諸々の学会活動に身を投じ、深夜に会社に戻り朝方まで仕事をやり、帰宅の後仮眠をしてシャワーを浴びたらまた会社。

こんな感じで一年の大半は創価学会の活動に身を投じていました。
そしてその理由は「歴史を作る」という事と「人生を理解したい」という事だけでした。
そしてそういった活動の延長線上には「日本の平和・繁栄」と「世界平和」につながっている。
これはマジに信じ切っていました。

だから苦労だとは思わなかった。

しかし「役職考」にも書いたように、結果頑張ると上に行き、上に行った結果、下らない世界を沢山見て現在に至るという訳です。

だから創価学会を広げた世界が良くなるという幻想は当に無く、今あるのは「家族を守るため」という事だけで、日々仕事と戦っています。

しかしですね、昨今の日本や国際社会を見てみると、何ともやるせない感じがします。

日本の社会に於いても意味不明な事件が多発していたり、世界各地でも多くの紛争等により、塗炭の苦悩に喘ぐ人々が多くいます。

「国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か、」
(立正安国論)

これは有名な日蓮の言葉ですが、国が壊れ、すむ家が無くなったらどうするのか。
自身の生活の安泰を考えるのであれば、社会の平穏を祈るべきである。という言葉ですが、ここにある「祈る」とは常に意識して考えるべきという事です。

社会の事について無関心であってはいけない。これは日蓮門下にとって大事な処でしょう。

僕の家族の平穏も、社会と平穏があればこそであり、社会や国家、そして大きく見れば人類社会の平穏なくして、それはあり得ないという事です。

そういう事で、この平穏の根底に必要な平和について、少し考えてみたいと思います。

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