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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20170312】未来部担当者のため息

こんにちは(´・ω・`)

昨日は夜中までかかって「想学談林」の旧サイトに掲載していた「立正安国論」の内容を新サイトに移行する作業を行っていました。
この内容は2013年、今から四年近く前に作成したもので、改めていると「誤字脱字」「言い回しの可笑しさ」などが随所にあり、それを所々直しながら作業をしていたのですが、気が付いたら一週間ほどの時間がかかってしまいました。

まだオカシナところは沢山あるので、今後も微修正をしながら作業は続けていきたいと思っています。

さて今朝の事、我が家の嫁に地元の壮年部副本部長から連絡が入っていて、結構な長電話をしていました。相手の副本部長は結構、声が大きな人なので電話口(携帯電話)からも声がダダ漏れだったんですが、どうやら我が家の未来部の事について連絡が入っていたようです。

我が家の子供も未来部員として登録されているので、自ずと未来部の会合の連絡などが入り、上の子供は時間に都合がつけば参加をしています。ただ大きな会合には子供は全然参加する気が無いようで、その理由を聞くと「わけわからんオジサンが、訳わからない長い話をするのを聞いているのは疲れるから嫌だ」との事でした。

また下の子供は全然マイペースで、嫁が何を言おうと「行かない!」の一点張りで、理由を聞くと「面白くも無い話を聞くのは時間の無駄!」とバッサリタイプの理由でした。

上の子供はやはり母親から言われると、気を使い参加もしている様ですが、いずれにせよ今の子供たちには何ら必要性を感じない組織になり始めているんですね、創価学会という組織は。

僕が青年部の頃、支部には青年部の未来部担当者が居ました。
基本は男女青年部の地区リーダーなどが担当していましたし、僕の場合には少年部の支部責任者として担当していた事を思い出します。

月一回の少年少女部員会に向けて、壮年部や婦人部、また女子部の担当者で顔突き合わせて、次回の少年少女部員会では何をやるのか、よく打ち合わせをしたものです。墨の担当は御書と手品を主にやってました。
会合自体は1時間ほどで、子供たちもそこだへんが我慢の限界でしたが、会合が終わると高学年n少年部員を近所のマクドナルドに車に乗せて連れて行き、ハンバーガーなんかを頬張りながら子供たちと下らない話をよくしていました。

その子供たちも今では三十代になっているんですから、時間が経つのは本当に早いものです。

僕が創価学会を初めて意識したのは高等部の時でした。
その当時、高等部の企画会は本部単位で行っており、当時は地元の高校生の先輩が部長という役職を持ち主導で進めていましたが、打ち合わせが終わった後とか、また偶に当時は宗門と一緒だったので、日曜日の朝に寺で行われる勤行会には、400ccのバイクの後ろに乗せられて連れていかれました。

当時は青年部の担当者もついていましたが、高等部になると自主的に高校生の中で企画を進め、会場を抑え、偶に学生部の先輩なんかも来たりして、同世代でワイワイとやっていた事が記憶にあります。青年部幹部は完全にオブザーバーという位置づけでした。

しかし現在の創価学会の組織では、未来部の減少が急速に進み、青年層の会員も減少している事から未来部も圏一本でまとめる方向もあるようで、企画なんかも壮年部や婦人部が主導してすすめているようです。

これでは参加する未来部も面白くもないはずですね。
まあ親子ほどというよりも、子供と孫ほど離れた年代で運営するんですから。

さてこの青年部や未来部の急激な減少を、創価学会では日本社会で急速に進んでいる少子高齢化を理由にしていますが、果たしてそれだけでしょうか?

確かに地方では子供も居なくなったりしていますが、都心部ではまだ子供は多くいます。
思うに創価学会が昔から進めていた「信心の継承」という事が破たんしているという事にも、大きな理由があるのではないでしょうか。

今の五十代後半から六十代の壮年部や婦人部の幹部が未来部を担当するのですが、やはり子供たちに語れるのは「功徳と罰」「池田先生」というだけの様な気がします。
しかし今の子供たちはというと、最近のソフトバンクの宣伝でもある様に、小さなころからネットに触れていて、持てる情報量は爺さん婆さんを凌いでいます。

その子供たちに「池田先生はね~」とか言ったところで、それを純粋に受け入れられる子供たちはどれだけいるのでしょうか?

時代は多様化に向かっています。
多様性が求められる時代には多様な事を語れなければなりません。しかしその能力は今の創価学会の活動家幹部に求めても無理があるでしょう。

宗教学者である島田裕巳氏が以前にTwitterで「創価学会もいずれは葬式宗教になる」という意見を述べていましたが、これはある意味、まっとうな意見でしょう。

自分の親やおじいさん、おばあさんのお墓が創価学会の墓苑にある。
その墓を見守るために創価学会に片足は残しているが、実際の自分自身の信仰として創価学会の存在はなりえていない。

そういう感じもしますね。

僕の子供なんかは偶に僕がパソコンで記事の整理をしていると、後ろに来て様々な質問をぶつけてきます。

「池田先生ってどんな人なの?」「御題目ってなに?」「勤行ってなに?」。
まあぶつけてくる質問は様々あります。僕はその子供の質問に対して、自分の考えている事を教えています。人生観、仏教観、宗教観。話題は多岐にわたります。その話に対して子供たちも興味があれば食いついてきますし、興味が無ければ「ふーん」で終わり。

未来部担当者の苦悩は大変なものがあるでしょう。
未来部の結集の数、顕で行う未来部の会合の内容その他諸々。
先の嫁に電話をかけてきた壮年部の副本部長の漏れ聞こえる言葉の端々にそういった苦悩を僕は感じてしまいました。

でも一番大事な事は、子供たちに親として何を語り、何を教えていくのか。
そして何を子供たちに受け継いでいかせるのか。

そんな事ではないでしょうか。

創価学会の未来部という組織は、そんな家庭のサポートでしかないはずで、未来部員は組織の駒なんかではないのです。

そういう視点を持つ必要があるのではないでしょうか?
ふとそんな事を想った次第です。

「我が子を、池田先生・奥様のお役に立てる人材に!」

こんな事をやっている時代ではないのです。

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