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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   
カテゴリー「政治考」の記事一覧

【20171113】王仏冥合か顕合か

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

この週末、特にすることもなくぼーっとしてます。子供がまだ小さい頃は近所の公園に連れていったり、散歩したりとしましが、ある程度大きくなると子供も親とは歩きたがらなくなります。

それだけ子供も成長したという事なんでしょう。

この子供達が大人になる世の中は、少しでも平穏でいい世の中であってもらいたいと念願しています。

今日のお代は「王仏冥合」について少し書いてみます。この考え方は「三大秘法稟承事」という御書に書かれている内容で、過去の記事にも幾つか書きました。

今回は宗教と政治、そして社会の在り方について書かせてもらいます。

まず三大秘法稟承事という御書ですが、これは以前から偽書と言われていたようです。しかし日蓮が自身の法の三大秘法、つまり本尊と戒壇と題目のうち、戒壇について論究した御書はこの御書以外になく、そういう意味では偽書ではないという論もあります。

しかし大石寺ではこの御書を真筆として捉え、広宣流布に関してあるべき姿を述べていて、創価学会もそうですが法華講や顕正会についても、この考え方に基づいています。

創価学会が公明党として政界に進出した根拠もこの御書であり、その政治活動は未だに続いている事から、やはりこの御書については大石寺や創価学会だけでなく、今の日本の政治状況にも影響を与えていると言っても良いでしょう。

さて王仏冥合の依所となる部分を紹介します。有名な箇所ですが。

「戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり」

ここでいう戒壇というのは、天台大師滅後に建立された比叡山のような仏法の根本道場ともいうべき場所をいい、日蓮の場合には御本尊を奉掲する末法の道場の事を言います。
そしてこれが建立される時とは「王法(国を治める法律)が仏法に冥じ」とあり、仏法思想の中に治世の考え方が入り、「仏法が王法と同じ様に合わさって」と、要は仏法思想が国の治世の法となる時だと言っています。

ここで「冥じ」というのは治世の法に仏法が入り込むことを述べているのではなく、仏法に治世の法が入り込むことを述べており、その事を「王仏冥合」とのべているのです。

創価学会では「王仏冥合」とは、あくまでも政治の精神的な処に仏法が生かされ、目に見えない形で合わさると解釈してますが、実際に三大秘法抄で求めている姿は違うのです。

仏法そのものが王法(治世の法)になる事を述べているのです。

そしてその具体的な姿が「有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時」とある様に、正しく仏法を行じる僧侶を、国の王が国の兵隊を引き連れて守る様な時代となり、「時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か」と、国の事業として最高の立地場所に建てられるものであるというのです。

どうですか。
創価学会が主張してきた「王仏冥合」とは逆な事を日蓮は求めていたという事であり、簡単に言えば政祭一致の社会を本来は戒壇建立の時だと云うのです。

しかしだからと言って日蓮を責める事はお門違いだと思いますよ。

当時の幕府の治世の根本思想とは、貞観政要を模した「御成敗式目」というものてあり、これは古代中国の思想で、恐らく道教とか儒教が根底にある思想です。日蓮はそうではなく、法華経を中心とした仏法思想による治世を考えていたであろうし、だからこそ今で言う「王法顕合」の様な冥合論を打ち出したのでしょう。

つまる処、政治と宗教の関係性は、時代と共に変わるものであって、今の時代で言えば、創価学会の主張する「王仏冥合論」何て言うのも、時代にはそぐわなくなっています。

昔の政体、それこそ鎌倉時代に於いては宗教と政治は不可分なものであったと思うのです。しかし最近の政治が治めるのは近代国家であり、そこには様々な思想の人々が国の元で生きています。

最近の流行り言葉で言えば「ダイバー・シティ」です。

この近代国家における政治家は、個人の思想信条として宗教を持つのはあったとしても、それを政治に反映するというのは別義でしょう。

多様性の社会では、異なった価値観を持つ人達が共同で社会を動かす事であり、だから互いに持つ思想信条には、尊重すれども干渉せずに、円滑に社会生活する事を求められるのです。

そこを考えていけば、あくまでも思想信条とは個人の内面の世界に留めておかねばなりません。そしてその思想信条は、自身で咀嚼した内容で社会に還元しなければならないのです。

既に「王仏冥合の楽土構築」なんて、いまの社会には受け入れられないでしょう。

何故なら近代国家では、宗教ですら多様化した社会になるので、そこに「仏教思想」を持ち込むことは出来ません。やるならば、個人の思想信条として展開するに留めなければならないのです。

こういう事を理解していない事から、公明党に関する多くの矛盾も発生しているのではありませんか?

そういう意味では、創価学会という宗教団体を体とした政党は、衰退して当然の流れだと思いますよ。

よくよく考えなければなりませんね。
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【20171027】戦争と徴兵について考える

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

この週末から週明けにかけて、台風22号が日本に接近するそうですが、天気が心配ですね。
我が家の中も先週が雨続きだった為に、洗濯物がたまってしまい、何とか片付けようと、嫁も奮戦していました。
何とか何事もなく台風には過ぎ去って欲しいものです。

さて、ネットを見ていると自公政権が議席の過半数を維持した事から、改憲だ戦争だという単語が所々に見え隠れします。改憲=戦争という単純な構図でもないし、今時昔ながらの徴兵なんてのもどうなのかと思うのですが、そこについて今回は記事を書いてみます。

(本当は別の事も書きたいんですけどね)

改憲のポイント、これは確かに自衛隊をどの様に位置付けるのかというのが大きくありますが、内容としてはそれだけでは無いんですよね。他にも論点は幾つかあります。

でもまあ広い論点なので、九条関係にしぼって少し書くと、現行憲法で果たして戦争を防げるのかという事です。

想学談林「日本国憲法について」

本サイトにも先日、僕の考えについて書かせて貰いましたが、今の日本国憲法とは極めて理想の高い事を詠っています。

これが別に悪いとは言いません、人類として目指せるのであれば、戦争反対・平和維持というのは求めるべき事であり、そこから考えても日本国憲法は善い憲法だと思います。

しかし一方で、武力の放棄と国際紛争の解決に武力を用いない(軍事力の放棄)という事を実現するために、日本という国は強かな外交力(交渉・駆引き等)を持たねばならないと思いますが、いかがでしょうか?

簡単に言えばドラえもんに出てくるジャイアンやスネヲみたいなのが沢山居るなかで「僕は絶対にケンカをしないし手を上げない」と言ったとき、果たしてのび太がスネ夫に嫌がらせされず、ジャイアンに殴られず、カツ上げされずに生活するとしたら、それはのび太によほど巧みな弁舌と機転、そして行動力が必要でしょ?

それと同じく日本も現行憲法を維持して、その理想を堅持していくのであれば、それ相応の外交力が必要になります。

「そんな事言って!運ちゃんもネトウヨで改憲賛成・戦争賛美派なんだな?」

外交力不足は軍事力で得られる。そんな単純な事を言っているつもりはありません。

また僕は何がなんでも改憲ありきだとは思ってません。でも言いたいのは、考えるべき視点として、現行憲法護持というのであれば、まずはそこにも目を向けないとイカンと言うことです。
また改憲にしても軍事行動というのは外交力で解決できない状況で発生するんですよね。

憲法の理念は立派ですよ。でもその理念を真に実現するために何が必要なのか、そういう議論は誰もしてませんよね?

それこそ現行憲法を「不磨の大典」の様に崇め奉って、それが有るだけで平和が維持できるみたいに誤解してやしませんか?

外交力といえば外交官もそうですが、それを束ねて指揮するのは政治家です。では今の政治家で、例えば強かな中国やロシアと渡り合える人が、一体どれだけいるのでしょうか。

これが無ければ改憲しょうがしまいが、何れ日本は戦争に巻き込まれる事になるでしょう。

現にいま、極東アジアでは中国とロシア、そしてアメリカの思惑が蠢いてます。北朝鮮の行動なんて、そんな大国の思惑を表面化させた出来事に過ぎません。
日本は一体どうしたいのか、その為にどの様に外交を進めるべきか、そこの議論は今回の衆議院選挙においても、マスコミを始めだーれも議論にすらなってません。

日本の社会として、護憲だ改憲だと議論をするわりに、こんな感じでその論点がずれているのを僕は危惧しているのです。

このままでは日米安保に基づいて、憲法に抵触しまくる安保法制のもと、自衛隊と日本人は戦乱の中に巻き込まれてしまいますよ。

あともう一つ。
「徴兵制」なんて未だに言ってますが、恐らく既にその準備は整ってしまってますが、それをどれ程の国民が理解してますか?

今の時代、昔の「赤紙」なんてアナクロなやり方を国はやったりしませんよ。

貧困格差社会

これが定着すれば、若者達は否応なく兵隊に志願せざるを得なくなります。これはアメリカでは既に実証済みです。

今の日本では富めるものはより富んで、貧しいものはより貧しくなります。貧しい若者も豊かになりたい、その為に勉強をしていきたい。そう考えても今の日本では中々難しくなってきています。

本来、教育とは若者に豊かになるチャンスを平等に与えるという意義があるはずが、その平等に与えられるための教育の機会にすら、貧困格差が入り込んでますよね。

こんな状態が固定化したときに、「自衛隊で二年間頑張ったら、大学の学費は国で負担します」なんてやったら、志が少しでもある若者は自衛隊へ入るでしょう。

そういう環境も徐々に整って来ているように思えてならないのです。

僕は今のままの改憲・護憲の議論を続けても、実は日本国民は誰も幸せになれないと思うんですよね。せいぜいアメリカ軍の二軍組織として自衛隊が利用され、その補充は経済格差に依って成されていく様に思えてなりません。

その為にも政治家の質を上げなくてはいけないのですが、その政治家を選ぶ国民自体がもっと現実の世界に目を向けて、かしこくならないとダメでしょう。

そしてそれはとても時間が掛かることだし、なかなか現実には難しいんですよね。

【20171023】嵐の選挙があけて

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

朝からうちの嫁の機嫌が悪かった。

理由は公明党の議席が減った事からだ。比例得票数も七百万票を切ったので、退調傾向が止まらないと見た方が妥当だろう。

昨日の夜に嫁とは少し話をしたが、やはり今の創価学会や公明党のおかしさについて、理解を得ることは難しい感じがした。理由は前提条件として持ち合わせている情報の差と、選挙という行為に対する認識の違いだ。

「法華折伏・破権門理」
この言葉が頭を掠めるが、理解できない事を頭からおっかぶせても理解する事は無理だというのは重々理解しているので、これからも少しずつ時間を掛けて嫁に話をするしかない。

ただ嫁に聞いた中であったのは、地区内の婦人部でも今回の選挙で「やらない」とか「会合に出てこない」人は増加傾向にあるようだった。
会合に出てるのは団塊の世代と、それより上の世代の専業主婦の幹部世代。共働きの四十代婦人部には特に距離を置くことが顕著なように、話を聞いて感じた。

今回は選挙区の再編があり、議席数も減ったなか、自民党は一議席減、公明党は五議席減、希望と共産、社民も減らし、立憲民主が議席を伸ばしていた。

この立憲民主は日本人独特の「判官贔屓」で議席を伸ばしたが、要は今までのリベラル層の受け皿となり、新たな印象を与えたから議席増になっただけで、これが民意の大勢だとは僕は感じていない。

問題はこれからで、中身は旧民主党のポンコツ達が、これをきっかけにどれだけ有用な政治活動を取れるのか、そこに掛かってくるだろう。
昔みたいにあーだこーだ纏まり付かず、内輪揉めが目立つようなら、それまでではないかと思ったりもする。

希望の党については、一定の役割を今回の選挙で果たしたのではないだろうか。それは旧民主党に紛れ込んでいた保守的な議員をあぶり出したこと。

彼らはこれから小池都知事叩きを始める様に思えるが、それをやったらお仕舞いだ。この中にいるポンコツ達の一部は立憲民主に戻るのではないかと思ったりもするが、こちらも今後は要観察だろう。

公明党に関しては六百万票代まで落ちてきているが、自民党にとっては利用価値があるし、それは信濃町界隈の思惑と合致するから、下駄の雪はまだまだ続くだろう。

自民は流石に堅実だ。

これから国内で改憲議論も以前より活発化すると思われるが、近代史を理解していない日本人は、どの様な国にしたいのか、そこの議論を起こして欲しいものだ。
近代史を理解しないで、憲法論議をしても身がない内容になるだろうし、「アメリカのポチ」としての憲法になる可能性も捨てきれない。

終戦時はGHQだったが、いまは日米合同委員会の意を体した内容になっては意味がない。
日本は今の東アジアでどの様な国を目指すのか、世界の中でどの様な国を目指すのか。先逹の成功や失敗、良いところと悪いところを学びとり、議論ができる様にならないといかんでしょ。

選挙が終わり、これからが日本にとって大事な時期になると、今回の選挙で僕は感じている。

【20171011】人類社会について

こんにちは( *・ω・)ノ

今の日本では政治ショーが花盛りですね。
各党が各党で各々自画自賛し、他党を蹴り落としながら、政治の舞台で主役を射止めることに凌ぎを削ってます。

この「政治活劇」を見てるとき、ふと思ったのが、今回の衆議院解散の真の理由は何なんだろうかという事。

今回、小池都知事が「希望の党」を立ち上げてやったこと、冷静に見ると「民進党破壊」という様に思えます。この民進党は民主党時代から、僕は「キングギドラの様な政党」だと感じてました。頭が幾つもあって、何事も決められない政党。

これは新進党解党の頃から始まって、要は自分が当選するために、旧社会党や民社党、また自民党はみ出し者や日本新党にいた議員たちがわざわざ政党をつくった様に見えてました。

だから何を決めるにも、代表が誰になろうとも、党としてまともにまとまった事が無い政党の様に見えました。

これは自民党や公明党と違い、利権などではなくイデオロギー優先のリベラル政党が故の事かもしれませんね。

自公連立は極端に言えばイデオロギーが異なろうと、利権が一致すれば団結の形を作り進んでいく事にたいして、やはり民進党はと言えば、とかくイデオロギーが先行するイメージを持っています。

まあそもそも政治というのは利権の分配や調整という側面が強く出るので、ある意味で自公連立政権の行動の方が政治の目的に沿った形なのかもしれません。

そんな常に内輪で爆弾を抱えたような政党を、小池都知事はうまく分解、バラバラにさせました。
前原代表となり、希望の党に合流という「見せ掛けの流れ」を作りながら、そちらに流れていった議員たちをぶった切り、ものの見事に解党させてしまったのです。

これで国政での民進党は終わってしまったのではないでしょうか。
あのドタバタ劇を観た多くの国民は、只でさえ民進党に白けていたのに、この醜態を晒させる事で、ものの見事に息の根を止めてしまった様に思えるのです。

あとは屍たちを枝野氏が「立憲民主党」を立ち上げて、そこでサルベージしましたが、完全に民進党は無くなった感じがします。

結果として今回の選挙では「保守、自公連立」「保守、希望の党、維新」「リベラル、立憲民主党、共産党」という、三局構造になりましたね。
この構造について国民がどの様に評価するのか、そこが今回の衆議院選挙のポイントと言ったところでしょうか。

まあここまでの話は、ネットや報道などからの僕が感じたことなんで、「そうではないんだ!」という様な意見もあるでしょうし、僕自身、他の見方もあると思ってます。ここに書いたのは、単なる僕の見方でしかありません。

少し話は変わりますが、アメリカ大統領だったアイゼンハワーは「歴史には偶然はなく、全ては必然である」という様な発言をしていました。

それは世界の中で起きる出来事は、偶然を装っているが、実は一つ一つがしっかりと用意周到準備された後に起きるという事です。

この言葉を借りるなら、今回の衆議院選挙やそれに対する小池都知事の行動も、何等か用意周到、準備万端整えられて起きた出来事であり、多くの国民はテレビやネット上で繰り広げられている出来事を見せられて、誘導されているという事は考えられませんかね?

そう考えたとき、この日本社会を舞台袖の影から眺めているシナリオライターや演出家は、何を考えて、何を目的にこの様な寸劇を彼らに演じさせているんでしょうか。

この選挙のドタバタ劇の裏でも、国内では最近あまり話題には乗らなくなりましたが、北朝鮮の問題は解決どころか、何気に緊張感が高まっている様に見えますし、世界的にも様々な事が進行中です。

なぜこの時期に解散劇を国内で起こす必要があったのか、またポンコツとは言え、なぜここまで国内のリベラルを破壊する必要があったのか。

ふと今回の選挙を見ていて考えてしまいます。

日本社会、いや世界の歴史はこれからどの様な展開をしていくのか、かなり気掛かりでなりません。

いやいや、単なる個人的な妄想で終われば良いんですけどね。

ふと感じたことを書かせてもらいました。

【20170927】公明党議員のなり方

こんにちは( *・ω・)ノ

いやー、長沢参議院議員はやらかしてくれましたね。議員宿舎に知人女性を泊めていたとか。この「大法戦」の立ち上げにあり得ん話です。池田先生はどれ程お嘆きの事でしょう。

こういった裏切り者、不知恩の輩には、御本尊様が必ずや仏罰を下すことでしょう。

なんてバカな事を言うのはここまで。
しかし公明党の迷走っぷりには笑えますね。小池都知事に「都政に専念せよ!」なんて言って怒り、連携解消を検討とか。

東京都知事選挙の前、本来ならば首長選には関与しない創価学会・公明党が、小池都知事に対して組織を挙げて罵詈雑言浴びせて非難し、当時は自民党が推す増田氏を支援。でも小池都知事が当選したら「都民ファースト」なんて言い出して都議会選挙のタマに利用。そして国政選挙では自分達の思惑と違う行動したからけしからん。

公明党に先見の眼もなく、風見鶏の様に動いたんですから、何をいまさらと思いますよ。

まあこの苦言は、山口代表や、何だっけ?都議会公明党幹事長の意見ではなく、信濃町界隈のピロシ主任副会長の意見なのかもしれませんね。なんたって自民党のカウンターパートですからね。

「この小池都知事の事について、創価学会の意見は」なんて朝の番組でやっていて、信濃町を歩くおばちゃんたちにインタビューしてましたが、まるで金太郎飴の様な意見ばかり。

こんなのが日本の政治に関与している事自体、大問題だと改めて思いました。

さて本題。
議員になるにはどうしたら良いのか。よく自民党等では議員の下で書生して、秘書を経験してとありますよね。あと民進党の場合には労働組合活動とか。共産党はそもそも政党ですから、活動家になり幹部になれば成れるのかもしれません。

では公明党から議員に成るはというと、これは僕が組織の内側から見てきた事から想定してですが、大きく2つありますね。

まず国会議員ですが、創価大学を卒業するか、もしくは有名大学を卒業し、国家官僚や弁護士になり創価学会系の事務所に勤務すること。そして学会活動はしなくても良いので、組織に従順で両親や身内に反逆者が居なく、本人も池田御大の大ファンであれば、信濃町界隈から白羽の矢が立てられるかもしれません。

また地方議員の場合はと言えば、こちらは大学を卒業し、末端組織で泥々になり活動家として働き、幹部(恐らくは分県幹部以上)として有る程度地元内で名が知られていれば、信濃町界隈から白羽の矢が立てられるかもしれません。

面白いでしょ?
国政議員は組織活動の有無は問われず、地方議員は末端組織で泥々な活動をする。
共に有るのは創価学会に対して従順だあることです。そして選ぶのは信濃町界隈です。まあ地方議員に関しては、それぞれの組織のお偉いさんの推挙と信濃町界隈の追認という感じでしょうか。

だから公明党議員は、正直、立候補した時点では政治家のイロハはありませんし、恐らく志も無いでしょう。

だって共にあるのは「広宣流布」という掛け声と、御大に対するひた向きな恋慕の想いだけで、そんな人物に信濃町界隈がある日突然「ハイ!あなたはどこそこの議員に立候補!」と指名する訳です。

そんな人間だから、それこそ御大の名前を出され、信濃町界隈から指名されたら「NOという言葉はないんだ!」と議員に成るわけですが、元々政治という事には興味も無いんですから当たり前。

公明党議員に見える人のよさ(まあ持ち合わせてない人も居ますが)と脇の甘さは、こういう処に要因があると思いますよ。

そもそも議員になった時、政治家の志もない訳ですし、あくまでも創価学会という宗教団体から後押しされて議員になるので、必然的に、信濃町界隈には従順な人が議員になりますから、これはもう信濃町界隈にとっては「良い手駒」だと思います。

いま矢野元委員長の「黒い手帖」を読んでます。創価学会草々期に議員になった人には、それは面白い人が議員にも沢山居たようで、だからこそ創価学会から見たら「不知恩の輩」とか「忘恩の反逆者」なんて言われる人々も出たのではありませんか?

今の公明党議員には、そんな面白味のある人は出てこないでしょう。あるのは信濃町界隈の意を体にして、信濃町界隈の指示通りに動く議員だけです。

以前に僕は仕事で営業をしていた事があります。ある年明けに知り合いの社長から「公明党の賀詞交換会があるから、一緒にこないか?」と誘われました。なんでも相談料がリーズナブルなので公明党とは付き合いがあるとか。
僕は個人的に気が進まなかったんですが、仕事相手の社長からの誘いを無下に断ることも出来ず、交換会に行きました。

僕の男子部時代の先輩の中に、地方議員は居ますので、会場に入るとそこかしこに議員バッチを着けた先輩がいて「あれ?運ちゃん。元気してる?」とか「運ちゃん、お前何してんだ?」なんて声までかけられる始末。その社長からも「何でそんなに議員をしってんの?」と言われましたが、答えに窮してしまいました。

今も僕の青年部時代の同期や先輩は地方議員として活動しています。でもね、こんな公明党が日本を良くない方向に動かしている訳で、早く衰退して欲しいものと念願して止みません。

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