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想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   
カテゴリー「教義改正」の記事一覧

【20150203】「会則の教義条項改正に関する解説」の考察④

こんにちは(´・ω・`)

今日は午前中にも記事をアップしましたが、ここでも少しアップをしておきたいと思います。
本来ならば、gもっとゆっくりと述べれば良いのかもしれませんが、こと御本尊という事については、まず創価学会の改正内容を確認し、その後に僕の所感について書きたいと思っています。

なので創価学会の見解については、まず一段確認をしておきたいと思う事から、同日に記事をアップする事としました。



さて今回の解説の中で「創価学会に御本尊を認定する権能」とありました。

「権能」・・・妙に懐かしい単語だと思いましたが、多くの活動家幹部にとっては耳慣れない言葉なのではないでしょうか?

その昔、四半世紀ほど前、宗門と創価学会が争っていた時代、僕は広宣部の第一線で法華講や顕正会とやりあっていました。当時、法華講では「御法主上人猊下にのみ御本尊を開眼する事ができ、書写する権能を持つ」と主張。つまり「権能」とは「権利と能力」という意味です。

それに対し、当時の創価学会は書写の権能は否定していませんでした。だから創価学会として独自の御本尊を著す事もせず、結果、日寛師の御本尊を栃木浄圓寺から入手し、学会版御本尊として授与を始めたわけです。

しかし御本尊の認定に関する権能、これは宗門側が「開眼」という事でこだわっていた事ですが、これについては否定していました。宗門側が何故、創価学会版の御本尊を「謗法の本尊」と言っていたかと簡単に云えば、御法主猊下が認めていない(認定していない)御本尊だからに他ならないのです。

つまり今回の創価学会が主張するところの「御本尊認定の権能」という事について云えば、すでに宗門問題当時から不文律的に述べていた事を、改めて文字として宣言したという事になります。

ただここで少し考えなければならない事があります。
先の主張において、創価学会は今回の教義条項の改正で、日蓮の著した御本尊はすべて「本門の本尊」と宣言しました。
それでは会員がもし、創価学会の認定していない御本尊を用いて信仰した場合、それは「謗法」となるのでしょうか?祈っているのは日蓮の御本尊(もしくは歴代法主の本尊でも同じです)であり、「本門の本尊」と創価学会が宣言した本尊をです。

要は何を言いたいかと言えば「認定」という行為を創価学会が規定するのは良い。でもそれが教義的にどのような意味があるのかという事を確認したいという事です。

これを「違背行為」と云うのであれば、創価学会が自ら「すべての日蓮の本尊は本門の本尊である」という宣言を元に、何故それが違背行為なのか説明する責任が生じます。
もし「違背行為で無い」というのであれば、それでは「認定」という行為はどのような意味があるのか。結果として無意味な言葉になってしまうのではありませんか?

それとも日蓮が著した御本尊であっても、「認定した本尊」が「本門の本尊」と云う事を言いたいのでしょうか?
それでは、その「本門の本尊になる」「ならない」を教学的に説明する必要が出てきます。

図らずも今回の教義条項の改正で以下の言葉を載せています。

「そしてまた、受持即観心の本義に照らせば、御本尊を正しく拝する信心があってこそ、釈尊の因行果徳の二法を具足した妙法蓮華経の功力を現実に現わすことが可能になる。「観心の本尊」は、「信心の本尊」でもある。」

要はこちら側の信心如何により、御本尊の力用も現れるものであり、信心が無ければ力用すら現れないという「観心の本尊」を本尊という事を言いたいわけです。
そういった信仰者一人ひとりの内面の世界によるものを、組織である創価学会が「認定」するなんて、おかしな話ではありませんかね?

つまり結論として。
ここで創価学会がもったいぶって「御本尊の認定の権能」を振り回す事は、過去に自分たちが「邪宗・日顕宗」と呼ばわり攻撃した宗門と同じ事をしたいだけという事でしょう。

宗門にしても信濃町界隈にしても、何故このようなおんなじ思考になってしまうのか。残念な事です。

ここまで読んで、やはりちぐはぐ感のある解説ですが、何故、このような解説をわざわざ掲載したのか。それが結論として末尾に持ってきている「広宣流布大誓堂」と「創価学会常住御本尊」に集約するわけです。

簡単に言います。

今回の創価学会の教義条項の改正の目的は、大誓堂を現在における「事の戒壇」と定義し、創価学会常住御本尊を「弘安二年大本尊」に代わるものに「再定義したい」。

要は創価学会として万代にわたる「聖地」を作り出しておきたかった。それだけの事です。

もったいぶった解説を長々としていましたが、どうも読み込むとそこに結論を持っていきたいというだけで、だから長年にわたり会員に学ばせてきた日寛師の教義をも否定し、独自の解釈で「本門の本尊」を規定。そしてもったいぶった「権能」という古臭い言葉を振り回したにすぎません。

こんな解説を地域によっては大の大人が顔突き合わせて勉強し、やれ「すっきりした」とか「納得いく説明だ」とやっているわけですから、僕から言わせれば噴飯ものです。

もしこれが正論というならば、法華講や妙観講あたりと対論をやってみるべきです。
会長を筆頭に副会長、方面長、総々県長や総県長が先頭になって対論をしてみなさい。宗門に絶対勝つ事なんて出来ません。

戸田会長は過去に言いました。
「創価学会は宗教界の王者である!」

それを証明する戦いをしてみれば良いのです。
やれる幹部はいますかね???

僕は~・・・今の創価学会には「居ない」と思いますけどね。

所詮、信濃町界隈は宗教貴族の現代版「売僧」の集まりでしかないという事でしょう。
対論に幹部が勝てないなんて、、、、日蓮正統教団が泣くというものです。

でもおそらく今の創価学会には、そんな気概すら無くなっているのかもしれません。

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【20150203】「会則の教義条項改正に関する解説」の考察③

こんにちは(´・ω・`)

さて教義条項の改正について進めてみます。
この考察にどれだけの意味があるのか、個人的に疑問を感じる事もあります。だって誰が読んでどのように考えてくれるのか、そもそも読んでも考えてくれないかもしれない。等等。

しかし僕の考えとして少しまとめる事に意味もあるかという事で進めます。

この解説の中で「三大秘法」という事について見直しを行っています。
前回は「本門の本尊」と言う事について見直しをしている事について触れました。またその事を見直すにあたり、日蓮の「出世の本懐」の意義について解釈を変更した事も述べました。

ここで振り返りにもなりますが、今回の解釈の違いをいかに示します。

日蓮正宗:熱原法難で時を感じて末法の法体(ご本尊)を確立
創価学会:熱原法難で農民が弾圧されても法を護持したにより仏法確立を確信

こう並べてみると、なんだかヘンチクリン観が拭えません。
以前、美濃周人という人はこの出世の本懐について、自著の中で以下の様に述べていました。

農民が何故、弾圧されてもお題目を唱えたか。それは幕府の横暴に対する反抗の意味があっての事で、日蓮仏法を信じていたという事だけでは無い。また日蓮が弟子が殺害される事で、時を感じたとした場合、それほど無慈悲な師匠という事になる。(要旨)

ここで創価学会として、出世の本懐の解釈を「捻じ曲げて」でも「本門の本尊」は「弘安二年大本尊」ではないとしたかったのでしょう。
そしてその解釈変更に対して「大きな障害」となったのは「日寛教学」でした。

その事から今回の解説において日寛教学の見直しのため、「三大秘法」という事に手をつけはじめたのかと思います。

日寛師の教学では、前の記事でも書きましたが、本門の本尊には「根源」と「義理」の二種類あると述べられています。そしてこの解釈に基づくならば、あくまで根源は「弘安二年の大本尊」であり、会館などにあるご本尊は「義理の本尊」という事で、教学的には「本門の本尊」となりません。
しかし日寛師より根源の日蓮にさかのぼり、日蓮の著わした本尊は「本門の本尊」という解釈すれば、そういった「弘安二年大本尊」も日蓮の本尊であり、他の本尊も日蓮書写を模したものなので、等しく「本門の本尊」に加えられるという事を考えたのでしょう。

この事から創価学会は「人師」として日寛師を定義、そこにある「本門の本尊」という定義を否定したのです。

ただ狡猾なのは以下の記載です。少し長くなりますが紹介します。

「日寛上人の教学には、日蓮大聖人の正義を明らかにする普遍性のある部分と、要法寺の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて唯一正統性を強調する時代的な制約のある部分があるので、今後はこの両者を立て分けていく必要がある

面白い理屈ですね。ここで「今後は~立て分けていく必要がある」という事は、現段階において立て分けをしていないという事の宣言に等しいものです。つまり立て分けが完成していないにも関わらず、今回は日寛師の「本門の本尊」について解釈変更を先にしたという事です。

こんな事で良いのでしょうか?
また以下の様にも述べています。

「なお、こうした立て分けを行い、日寛上人の教学を見直していくという立場をとったとしても、「日寛上人書写のご本尊」を受持することには、何の問題もない。何故ならば「日寛上人の御本尊」も根本の法であり、南無妙法蓮華経を具艇的に現わされた「本門の本尊」だからである

これはどう思いますか?
過去、宗門問題勃発時、末端組織では御本尊の取り換えを創価学会として強力に進めました。それは日顕師の御本尊を日寛師の御本尊に取り換えるというものです。
この事について「天魔日顕の御本尊は謗法だから」という理屈でしたが、今回の創価学会の解釈によれば、それも「本門の本尊」に代わりがないという事ですよね。

にも関わらず、あたかもその本尊が大謗法の様に説明して御本尊を取り換えさせたではありませんか?

今回の三大秘法の解釈変更で日寛師の教学を否定するのは良いでしょう。宗教団体なんですから。でもそうであれば過去にしっかりと向き合った上で改正を行う必要があるのではないでしょうか?

思うに創価学会は、信仰の根本尊行の対象である御本尊について、ある時は持ち上げ、またある時には下げているという行動を平然として行っています。

おそらく今の創価学会にとって、御本尊というのはそれほど大事なものとは思っていないのでしょう。いやいや、言葉が少し違っていました。正確を期して云えば、今の創価学会執行部(信濃町界隈)にとって、御本尊というのはそれほど大事なものではなく、おそらく会員をつなぎ留めておく「絆(ほだし)ー縛りつけるもの」としての存在なのだと思えてなりません。

よくも悪くも宗門の教学というのは七百年の歴史があります。
その中で叩かれ、検証され、学ばれてきたという教学です。確かに稚拙な部分もありますが、それでも構築された一大体系のものとなっています。だから創価学会の初代牧口会長、二代戸田会長、そして三代池田会長も、それに基づき講義をしてきたのでしょう。

その内容をたった二日間の新聞掲載の「解説」で事足りるという、この拙速感と云いますか、簡単に云えば安易さがこの解説には滲み溢れ出しています。
しかも内容が根本尊行の「御本尊」に関する事ですが、何ら見直しを完全に行っていないまま、今回は解釈変更を強行しています。

僕はこの様な表現、大嫌いですがあえて使わせてもらうならば、最近、続いている最高幹部の早逝や、現場の活動家幹部の病気多発、また精神疾患の増加も、こういった今の創価学会の組織風土によるものではないかと思います。

教義改正を行うのであれば、しっかりとした布陣と取り組みで、歴史的背景から見直しをかけ、多くの文献を参照し、その上で自組織の振り返りを行いながら、もっと時間をかけて取り組むのが本筋だと思います。

今回の「教義条項の改正」は、創価学会始まって以来の大愚行であると思わざるを得ません。

今回はここまでとして、もう少しこの事については続けていきます。


【20150131】「会則の教義条項改正に関する解説」の考察②

こんにちは(´・ω・`)

さて今回は前回に引き続いて「教義条改正に関する解説」について見ていきます。
前回は「本門の戒壇」という事から、改めて「国立戒壇」という事について、解説で触れていた事を紹介し、その内容について考えてみました。

この事から見えるのは牧口・戸田会長という、まさに会則で定められている「永遠の指導者」の指導に関する事でしたが、それについてあえて今回の解説の中で深く触れられていない事を述べました。

この国立戒壇につづいて述べていたのは「三大秘法」という事についてです。

「三大秘法」という事について、日蓮は御書のいくつかに書いていますが、これを体系化して教学として定めたのは日寛師です。しかし解説ではあえて日寛師の言葉を引用せず、日蓮の御書に触れたのは、今回の創価学会の条項改正を説明する前段のためと言えます。

日寛師の教学で三大秘法、こと「事の戒壇」をどの様にのべているか、少し紹介したいと思います。

<原文>
『法華取要抄文段』
「広宣流布の時至れば、一閻浮提の山寺等、皆嫡々(ちゃくちゃく)書写の本尊を安置す。その処は皆これ義理の戒壇なり。然(しか)りと雖(いえど)も仍(なお)これ枝流にして、これ根源に非(あら)ず。正(まさ)に本門戒壇の本尊所住の処、即ちこれ根源なり。(中略)今、日本国中の諸宗・諸門徒、何ぞ根源を討(たず)ねざるや。浅間(あさま)し、浅間し」

<現代語訳>

ここで日寛師は広宣流布の時が来れば、世界中の寺に御本尊は安置されるであろうが、それは枝葉であり根源(の本門の戒壇)ではない。本門戒壇の本尊(大石寺大本尊)が住む処が根源である。(中略)今、日本国中の諸宗の人々が根源をたずねない事は浅ましい事だ。

つまり日寛師の教学では、大石寺の大本尊が根源(本門の本尊)で「事の戒壇」である。そしてそれ以外の寺院にある本尊は枝葉の本尊であり、それが根源では無いという立場なのです。

ちなみに過去、創価学会は顕正会との対論の中で、今は無き大石寺正本堂を「本門の戒壇」という事を説明するために、日寛師の法華取要抄文段のこの箇所を、大いに用いてきました。
しかしながら今回の創価学会の教義条項の改正では、この日寛師の教学を否定する事となっています。はたしてこういった事を、現場の活動家幹部たちは、どれだけ理解しているのでしょうか?

ここで創価学会として日寛師の教学を否定するという事を行ったといえるでしょう。

■創価学会の云う「本門の本尊」
今回の解説で創価学会としては、本門の本尊について以下の様に述べています。

「大聖人御自身が、本抄(聖人御難事)において、直接、「弘安二年の御本尊」について一言も言及していません」

この言葉ののち「本門の本尊」という観点を説明するために、迂遠な手法ですが「出世の本懐」という観点について言及を始めています。

従来の大石寺教学や創価学会では、日蓮大聖人の「出世の本懐」について以下の解釈をしていました。

それは聖人御難事の「余は二十七年なり」という事を引用し、その時代に発生した熱原の法難で、熱原の農民信徒が迫害ののち、三名が斬首された事を受けて、時の到来を感じて「弘安二年の大御本尊」を書写したという事です。

しかし今回、創価学会が説明しているのは、その農民信徒が迫害され、斬首された状況そのものが「出世の本懐」と再定義しなおしています。

しかしまあ、イスラム国で日本人が斬首された時期に合わせて、日蓮の出世の本懐が「信徒の斬首」と再定義するのも如何なものかと思いますが、それは本論では無いので脇に置きます。

そしてその再定義の上から「弘安二年大本尊」を否定して、創価学会としては「大聖人御図顕の御本尊はすべて本門の本尊」としているのです。

しかしこの論理立てには少々苦しさがあるように思えます。
何故ならば、確かに弘安二年に農民信徒が迫害を受け、三名が斬首されたという事実はあります。しかし本当に日蓮がこの事から創価学会の述べる「立宗以来二十七年目に、熱原の法難において、農民信徒たちが大難に負けない不借身命の信心を示した事によって証明された民衆仏法の確立」と感じたのでしょうか?

熱原の法難の以前にも、日蓮門下の名もなき人々が投獄され、殺害されたのは数知れずあります。

「頚を切れ所領を追い出せ等と勧進するが故に日蓮の身に疵を被り弟子等を殺害に及ぶこと数百人なり、此れ偏に良観念阿道阿等の上人の大妄語より出たり心有らん人人は驚く可し怖る可し云云」(文永八年著、行敏訴状御会通)

上記の御書以外においても、日蓮自らが弟子たちの迫害や殺害された事を述べているものもありますが、創価学会の解釈では、それらの事を見ても日蓮は「出世の本懐」と感じなかったという事になります。

まったくもっておかしな話ではありませんか?
この解釈が本当であれば、日蓮という鎌倉時代の僧侶は、そうとう頭がいかれた僧侶になると思いませんか?

創価学会として、大石寺の大本尊を認めたくない。それはけして純粋に教学的な事ではなく、自身の正統性を主張するためでしょう。その為に今回の「教義条項の改正」にあわせて日蓮の出世の本懐という事についても珍説を作り出してしまいました。

あらためて今回の解説を読み進む事で、創価学会の病巣の深さが理解できるというものです。

■日蓮書写の本尊をどこまで解釈するのか
ここまで読み進むと、僕の中には次の疑問が噴出してきています。それは創価学会として「日蓮書写の本尊は本門の本尊」と云いますが、それでは日蓮初期の「楊枝本尊」も本門の本尊に含まれるという事なのでしょうか?

またここで「日蓮書写」というのは、歴代法主の書写も含むのか?

例えば弘安二年の大本尊。これについては最近になり、日禅授与本尊のパッチワークという説も出ていたりしますが、元をただせば日蓮書写の本尊であり、そこから云えば弘安二年の本尊も、相変わらず「本門の本尊」という事になり、信仰対象として扱う事に、何ら不都合は無いという事になります。

しかし創価学会として、それでは都合悪いのでしょう。だから「認定」という話も出てきているのではないかと思うのです。

この続きは、記事を改めて書いていきたいと思います。

しかし、、、己の正統性を主張するために、今回ここまで読み進む中で以下の事について転向した事が読み取れます。

 1)牧口、戸田会長の信仰
 2)日寛教学の否定
 3)日蓮の出世の本懐に関する変更

現場の創価学会活動家は、こういった事についてどれだけ理解しているのでしょうか?
珍説への考察を、もう少し進めていきます。


【20150130】「会則の教義条項改正に関する解説」の考察①

こんにちは(*・ω・)ノ

昨年の衆議院選挙の活動のさなか、狙い定めた様に「教義条項の改正」について原田会長は発表しました。その事については、このブログでも当時、取り上げていました。

【20141108】創価学会会則変更について②



当時、多くの創価学会の活動家幹部はこの原田会長の談話に注意を払いもしませんでした。それは衆議院選挙の活動の真っ只中であり、おおよそ教義の事に関心を払うよりも、選挙で如何に票をかき集め、公明党を勝利させ、安倍自公連立政権をより安定たらしめるのか、そこにしか関心が無かったからに他なりません。

しかし僕が当時想定したとおり、この会則変更は宗門や法華講、なかんずく妙観講にとっては格好の攻撃題材となりました。彼等はビラを作成し、ここぞとばかりに創価学会の活動家の家を訪問しはじめたと聞いています。

そういった現場の状況を信濃町界隈も無視出来なかったのか、ようやっと此の段になり今回の「解説」を出す運びになったのでしょう。

この解説の内容に踏み込む前に、昨年の11月8日に発表してから、今回の解説を出すまでに約82日間も要したという、この速度の遅さに創価学会が今回の事について、そもそも軽視をしてきたことが伺えます。
この軽視していたという事に関して言えば、昨年に漏れ出して物議を醸した教学レポートの中に、以下の記述がありました。

「八尋弁護士や金沢総局長は「変更しても、ほとんどの会員は付いてこれるでしょう。大体は大丈夫でしょう」と言っていました。一人残らず幸福にする、絶対に退転させないというのが、池田先生の御心ではないでしょうか。八尋弁護士については、ある人に「多少の退転はやむを得ない。9割は付いてこれる」という趣旨の発言をしていたとも聞き及んでおります。」

この記事については当然、創価学会は認める事はなく、このレポート自体も「怪文書」として片付ける方向です。しかし重ねて言います。今回の教義条項の改正の発表から今回の解説までの82日間という、この対応の遅さ自体に、この会員軽視、教学軽視が現れているといってもけして間違いではないと思います。

さて前置きはともなく、早速内容についてみてみたいと思います。

まず今回の解説の「はじめに」という箇所で、会則変更の理由について説明しています。

『この改正について原田会長は、「今回の改正は、『魂の独立』以来の世界広布の進展に鑑み、創価学会の宗教的独自性をより明確にするとともに、『世界広布新時代』にふさわしいものにするために行われた』

この様に書かれていました。
しかしそもそも平成三年(1991年)に勃発した第二次宗門問題から本年で24年も経過しています。「宗教の独自性を明確にする」と原田会長は述べていますが、独自性を明確にするのに24年間も必要だったのでしょうか。

じつは「はじめに」で述べられている「広宣流布観」について、これは「広宣流布とは流れの到達点ではなく、流れそれ自体」というものですが、既に平成四年頃には顕正会との対論の中でこの事は言われていた内容であり、何ら新しいものではありません。
また同じく解説書の中で述べられている「私の釈尊観」「私の仏教観」についても僕が未来部員の時に読み込んだ書籍です。

ここで何を言いたいのかといえば、教学部として解説している内容ですが、これについては何も昨今に発表された新たな話しではなく、既に四半世紀以上前に池田会長により提唱されていた事を、ただこの時期に繰り返し述べているという事であり、そこから言えば四半世紀以上に渡り、創価学会として何ら新たな展開を行っていないという事を、かえって自らが宣言したという事にしか過ぎないのです。

またここでは先に展開する大御本尊の意義付けの変更の前置きとして「国立戒壇」という、過去に創価学会が主張してきた内容について取り上げています。
ここでは「社会的な摩擦を生じないような対応」と、これまた自画自賛げに述べていますが、この表現で言えば、教義自体を社会との摩擦を避けるために解釈を変更したという事をのべているに過ぎません。

ここで確認ですが、国立戒壇は宗門の専売特許ではなく、創価学会の初代・二代会長も純粋に信じ求め、そのために初代会長は生命を落としたという事を忘れていませんか?
この解説ではこの国立戒壇も含めて「日蓮正宗のように古式蒼然たる教義解釈」と述べていますが、その「古式蒼然の教義解釈」に初代・二代会長は殉じた事を忘れてはならないと思うのです。

「宗門では富士山麓の大石寺に戒壇堂を建て、一大仏教都を建設しようと言ふのが宗祖の願望であり、又私たちの願望でもあるのであります。
其地割等は公にしてありませんが、開祖日興上人より代々の法主へ口伝せられて其伝統は法主の腹中に存する事と思ひますが、其戒壇の建立される場所は「天母原」と後世に言って居ります。
但し戒壇堂に安置すべき御本尊は弘安二年から五年の間に於て和泉公日法と言ふ人が楠の六尺、四尺の大きな板に彫刻して大石寺の寺宝として蔵してあります。
此の戒壇に就て、事相に顕はるる戒壇堂と、義理の上で戒壇と思へるものとの二つがあります。事相の堂は将来広宣流布の時即ち一天四海皆帰命法の社会が実現した時に勅令で富士山下に建ち、上は皇帝より下万民に至る迄授戒すべき処でありますが、先ず夫れ迄は本山の戒壇本尊安置の宝蔵が其の義に当るのであります。」

上記の文書ですが、これは牧口会長の尋問調書の内容です。
また戸田会長も以下の様に述べていました。

「化儀の広宣流布とは国立戒壇の建立である」(大白蓮華31年3月号)
「我等が政治に関心を持つ所以は、三大秘法の南無妙法蓮華経の広宣流布にある。すなわち、国立戒壇の建立だけが目的なのである」(大白蓮華31年8月号)

僕は何も解釈を変更する事を悪いとは言いません。しかし仮にも「永遠の指導者」と会則で定めている牧口・戸田両会長のこのような言葉について、創価学会としては未だに正面から向き合わずに、目を背けたままで来ている事が問題だと考えているのです。

「『世界広布新時代』にふさわしいものにするために行われた」

このように原田会長は述べたのであれば、こういった過去の遺物についてもしっかりと今回の解説で言及が必要であるはずが、何らなされていないという事実を見ても、如何に今回の解説が根本を省みない、その場限りの解説であるかが読み取れるというものです。

何故、牧口会長は特高警察の尋問の中で、この言葉を残したのか。
何故、戸田会長は当時の機関誌の中でこの指導を残したのか。
この両会長の指導は合っていたのか、間違っていたのか。単に「時代即応」という言葉で片付けて良いものであったのか。なんら言及していません。

ちなみに戸田会長が創価学会をして国政に打って出たのは、国立戒壇建立のためです。しかし今回の解説では国立戒壇を否定こそしていますが、それでも相変わらず選挙活動を続けているという事にも、僕は矛盾点を感じてしまいます。

今回はここまでとして、続きは「解説-下」が掲載される本日の聖教新聞の内容を含めて進めたいと思います。

【20141108】創価学会会則変更について③

さて、実は今回の教義条項の改訂ですが、既に伏線がありました。
それは2013年10月13日日付で流布している「総本部の御本尊と日蓮世界宗創価学会会憲の問題点」という文書です。

この文書、以前にこのブログで少しだけ公開した経緯があります。

そこでは以下の様に述べられていました。
「①いわゆる「戒壇の大御本尊」から完全に決別し、総本部に安置される「学会常住御本尊」をもって創価学会の新しい「大御本尊」とする、教義上の大転換の計画が進んでおります。その大転換が、総本部完成という今の時に合わせ、「池田先生の強い意向」として発表されるのです。総本部である「広宣流布大誓堂」に設置される池田先生の碑文にも、「学会常住御本尊」が「大御本尊」であると明記されています。」

この文章、創価学会では「怪文書扱い」にする事で封殺をしようとしていますし、僕のところにはこの文書の流布に関係して、幾人かの職員は処分されたという情報も入っています。
この文書では「御本尊の教義変更がもたらす影響」という事で、以下の様に述べています。

『①まず教義変更についてですが、総本部に安置される「学会常住御本尊」は日昇法主による「戒壇の大御本尊」の書写、国内外の会員が日夜拝している御形木御本尊は日寛上人による「戒壇の大御本尊」の書写です。本質次元においては、「戒壇の大御本尊」も、書写された御本尊も、南無妙法蓮華経という同じ法体が顕現したものであり、同質・平等と言えます。
 しかし、書写された御本尊には、「之を書写し奉る」と明記されており、「戒壇の大御本尊」を必要以上に否定すれば、書写された御本尊自体の存在根拠が不安定化しかねません。会員が日夜拝している御本尊の根拠が揺らげば、会員の信仰が動揺してしまいます。
 大聖人の「出世の本懐」についても、専門委員会の場で谷川総長は「『出世の本懐』の意味だって変えればいいんだ。独立した教団なんだから、変えてもいいんだし、変えられるんだ。南無妙法蓮華経の御本尊を顕したことにすればいいんじゃないか」等と発言しています。
 教義は、一度変えたら後戻りはできません。変えるなら、完全な実証と理論の裏付けがなければなりません。失敗すれば、万代に禍根を残します。
 しかし現時点で、十分な教学的準備はなされていません。』

今回の教義条項の改正に伴う、現在の創価学会の動きについては、まさのこの「怪文書」の内容について忠実にトレースしています。

前の記事で僕自身も「拙速すぎる」と述べましたが、ここでは「十分な教学的準備はなされていません」とある様に、創価学会教学部として御本尊という事についての議論や検討も十分なされていないという事なのでしょう。

どうでしょうか。

今回は創価学会として「教義条項の改正」を行いましたが、この「怪文書」によれば、次に来るのは「日蓮世界宗創価学会会憲」の制定です。

日本の創価学会の会長が、SGI全てをコントロールするという事、また「日蓮世界宗」という名称をぶち上げるという事になります。その様に今後動いていくのか、継続して注視する必要がありますね。

ちなみに特許庁のホームページで検索すれば、「日蓮世界宗」という名称は、創価学会により商標登録が継続して行われています。

しかしあれですねぇ・・・・創価学会。

末端組織では財務だ新聞だ選挙だと、会員は疲弊を続け、現に若い世代は激減の一途を辿っており、高齢化が進んでいる状態なのですが、そういった事には目もくれずに、一体全体どこへ向かっていくのでしょうか?

すでに「信仰者の組織」ではなくなっているのは、今回の教義条項の改正についても、末端組織では何ら議論もあがらないという事から、明らかに見えてくると思います。

根本尊敬の対象である御本尊について、信濃町界隈が勝手に変更しても、末端の会員はそれを理解もしなければ、興味も持たないのですからね。

まいったもんです。。。

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