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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20150528】毛沢東の晩年から考える

こんにちは(´・ω・`)

もう五月も終わりますね。
今年の前半はやはり仕事に追いまくられた感じもありますが、来月が終わると今年もあと半分です。まったくもってこの時間の過ぎ去るスピードの速さというのは、何時も実感し、年々加速する事に少し焦りすら感じる事も度々です。

そういう事を考えると、もう少し生き方を丁寧にしたいと何時も思うのですが、これはとても難しい事ですね。

さて以前に入手した本で「北京特派員」という平凡社発刊のものを読み直していますが、ここで興味深い内容がありましたので、その事について少し記事に書いてみます。

以下文書を抜粋します。
「新中国が成立したのは1949年10月1日、中国は毛沢東主席のもとで社会主義の道を歩み始めた。そして、毛主席はそれまでの地主階級の封建的土地所有を許さず、没収した土地を農民に分け与え、人々の生産意欲を引き出し、長期にわたる抗日戦争や国共内戦で大きなダメージを受けて疲弊していた経済を立て直していった。
しかし、毛主席は共産主義の理想を性急に追い求め、人民公社を作って農業の集団化を強行。みんなの土地をみんなで耕し、ご飯も大きな鍋で炊いてみんなで食べた。66年にはプロレタリア文化大革命がスタート。激しい階級闘争によって多くの指導者や幹部。知識人が批判され、農村に送り込まれた。
この結果、中国は十年間にわたって大混乱に陥り、経済もガタガタになってしまった。新中国建国の最大の功労者だった毛主席の権威は絶大で、反対する指導者はことごとく失脚させられ、劉少奇国家主席にように非業の死に追い込まれる者もいた。これが変わるのは76年9月9日の毛主席の死によってだ。
しかし、このやり方が一気に変わったわけではなかった。彼の死後、「あなたがやれば、わたしは安心だ」という有名な遺言で党主席に座った華国鋒氏は毛主席のやり方を踏襲する事を表明し、毛夫人の江青女史ら四人組を逮捕し、文化大革命に終止符を打ちながらも、毛主席を批判せず、文化大革命による混乱の責任をすべて四人組に押し付けた。毛主席は中国で依然として神のような存在であり、過ちを犯すことなどあり得ないとされていたし、毛主席の一言で後継者となった華氏は自らの権威を維持するためにも毛主席の権威を必要としていた。」

現在の中国は市場経済主義を導入し、その通貨である「元」は国際通貨となったのは先日の事です。その現代の中国でも「毛沢東」という人物は、やはり神の様な扱いです。
確かに毛沢東は大きな功績をもっていますが、それと同時に大きな影を背負っている事は、世界的には常識でもありますが、中国の中では、その「光と影」を持つ人物像を公的には認めていないのです。

新中国といったところで、やはり国家の精神的な支柱は相変わらず毛沢東の歴史に依存しているという事に他ならないからでしょう。

この事について、実は創価学会においても全く同質な事がありますね。

牧口会長、戸田会長の功績も大きいでしょうが、何といっても一番大きいのは三代会長の池田大作名誉会長の功績です。

戸田会長の後継として300万世帯から800万世帯まで拡大しただけではなく、大石寺に正本堂を建立し、二回の宗門との闘争を行いながら創価学会を宗門の頸城から分離し、SGIを組織しました。
また政治の分野においても、戸田会長が「進出は考えていない」という衆議院に進出し、公明党を結党。その後、新進党という動きで「55年体制」と言われる政治体制が終了した後、公明党が再結党されましたが、その公明党を自民党と組ませる事で、最終的には政権与党にまで押し上げる事に成功しました。

それだけではありません。
創価大学という大学を設立し、その出身者はいまや各界にいます。

日中国交回復においても、公明党を通して尽力し、中ソ間のデタント(緊張緩和)にも少なからず影響を与え、ソ連邦崩壊の口火を切ったゴルバチョフ元大統領との親交や、故ネルソン・マンデラ元大統領との交流も周知の事実。

簡単に思いつくまま挙げてもこれだけの功績があります。

だからこそ創価学会は会則で「永遠の指導者」として三代会長を規定、特に第三代の池田会長だけは別格な扱いにしています。

しかしこういった功績と共に影の部分に関して、創価学会はどう扱うのかと言えば、それは一切黙殺のタブー扱いですよね。何故ならば池田大作という人物のカリスマ性に依って、創価学会のこれからの組織維持を図ろうとしているから、当然と言えば当然でしょう。

様々あった問題は、全て側近幹部や当時の責任者の問題として扱う事で、池田大作という人物像を傷つける歴史は黙殺しています。
これは「自らの権威を維持するためにも毛主席の権威を必要としていた。」という中国共産党と同じ思考ではありませんか?

信濃町界隈も「自らの権威」を維持するために「池田大作会長」の権威を必要としている訳です。

以前の記事でも書きましたが、やはり毛沢東という人物と、池田大作という人物は共に重なってしまう部分が多くあると僕は考えています。

中国は今や東アジアの覇権国家を目指し、国内にある様々な矛盾点をひた隠しにしようとしていますが、結果として中には大きな爆弾を抱え込んでいます。

創価学会とて同じ事。
今回の安保法制に関する動きを観ても、組織の中には様々な問題を内在している事を伺いしる事が出来ます。

「師弟不二」を前面に出していくのは良いのですが、池田大作という希代の人物の、光と影の功罪についてしっかいと把握して、しかもその上で「師弟」という事が云える人間は、今の組織の中に幾人いるのでしょうか?

本当に創価学会を万代に存続させるためであれば、そういった人材を育成する事に注力するべきだと思います。

中国の毛主席の事を観た時に、そんな事をふっと考えてしまいました。

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