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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20160317】何故に思考が停止してしまうのか

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

いやー、眠いっす。
やっぱり夜更かしは出来ない体になったんですが、どうも夜更かししてしまい、毎朝この眠さとダルさと格闘し、出勤しています。

僕の予定では残りあと二十数年の人生なんですが、体はこれからも少しずつ無理が利かなくなっていくのでしょう。

これこそまさに「老苦」という事なんでしょうね。

さてさて、世間の動きは兎も角として、創価学会の末端組織は参議院選挙の助走期間として、活動に余念がありません。
確かにひと昔前よりも活動家は確実に減ってはいるのですが、組織総体の活動量はそれほど減っている様には見えません。



これは即ち活動家一人一人の負担は昔に比べたら増えているという事なんでしょう。

まあ考えてみたら僕が青年部の頃は、壮年部といえば夕方から酒飲みはじめている人もいて、地区部長あたりでは「飲んべえ○○」なんて婦人部あたりから揶揄される人もいたりしました。

でも殆んどの壮年部は仕事に専念したり、家族と共に過ごしたり、まあマイペースな人がいたと思います。

しかし今では壮年部にも人材グループができて、土日や年末年始の会館運営に着いたり、また会合の役員に駆り出されたりと、せかせかやっている姿を多く見ます。

「なんや、男子部時代と変わらんやん」

僕は会館で担当に着いている役員に云った事がありますが、本人は苦笑いしてました。

今の日本もそうだし、創価学会もそうですが、考えたらおかしな事は結構あります。
職場でタバコ吸いながら話をすると、皆がこういった事に様々考えているのが判りますが、創価学会の活動家にはあまり考えずに、みな紋切り型の答えの人が多いですよね。

僕はこういう事に「思考停止」という言葉をよく使いますが、実は停止しているのではなく、思考パターンを塗り替えられているのではないかと考えています。

いわゆる「創価脳」と呼んでも良いかと思いますが、これは長年にわたり学会活動に邁進した成果なのかもしれません。

何故思考パターンが上書きされてしまうのか。

僕自身もそうでしたので、この事について少し経験の上から書いてみたいと思います。

1)宗教体験が切っ掛け
創価学会では、例えば入会すると「初心の功徳」と呼ばれる体験があると云われます。
まあ簡単に言えば御本尊を受けて勤行し、学会活動を励み始めると、何かしら生活のなかでラッキーな事が体験出来ると言うわけです。
この体験ですが、広くあまねく新入会者が体験するかといえば、けしてそうでは無いのですが、まあよく聞く話です。

かくいう僕の家族も御本尊を受けたときに、とてつもない体験がありました。
詳細は割愛しますが、そういう事はあるんですよね。

こうなると体験した人は、創価学会という組織に盤石なる信頼を感じ始めていきます。そして創価学会の中で活動を始めていく中で、例えば様々な会合とか、人間関係の中で創価学会の思考に上書きをされていってしまうのかと思います。

中には居ますよ、活動を始めようと何をしようとも自分自身の思考を持ち続ける人。
しかしそういう人は組織の中でだんだんと外れていってしまうものなんですね。

2)役職、そして「信心で捉える」事
そんな感じで組織内で活動を進め、役職と呼ばれる立場を与えられると、より一層、思考の上書きがされていきます。
以前に僕の地元の分県長も言ってました。

「役職を持たせるという事は、会員に対して責任を持たせる事であり、自分の我が通せなくなっていく。それが学会側の人間の育成を進める事になる」

役職が上がれば組織の中で様々な矛盾という事を見たりします。
そういう時に、先に述べた「会員に対して責任」という事との葛藤を落ち着かせる言葉に「信心で捉える」という事が求められてきます。

つまり創価学会に矛盾があったとしても、それを単に批判の眼で見るのではなく、創価学会の側に立つ人間としてそういった矛盾を飲み込め。という事でしょう。
飲み込むにはそれなりに苦痛を伴いますが、「それも信心(修行)」と言われていき、自分の中であまり考えない様にしていく事になっていきます。

3)合理化という心理効果
そうこうしているうちに役職も上がり、自分自身の生活の中で創価学会が抜きがたい存在になってくると、例えば組織に対する批判や指摘を聞いても「自分の信じてきた創価学会は間違いないんだ」という「信心の確信」の下で、そういった矛盾点を自分自身の中で「合理化」という心理効果が働き、自分自身の中で問題を完結してしまう立場になります。

かくして「思考パターン」を上書きされた人間が一丁上がり!という事になるのでしょう。
こうなると思考の中心は創価学会の中で通じる思考パターンになるので、もう何を言っても組織には刃向わない人になっていきます。何かあっても創価学会を根本として思考し、行動する。
どんな矛盾点を指摘しても、それをひらりをかわしながら、創価学会の求める広宣流布へと突き進んでいきます。

しかも家族や地域の知人や友人が創価学会の活動家幹部だけとなれば、もう盤石でしょう。

どうでしょうか?

勿論、すべてがこのパターンで進むのではなく、当然途中で創価学会から脱落する人もいます。
また僕の様に精神的に不安定な時期を経ながら、そういった事から離脱する人もいるでしょう。
この「思考パターン」を壊す事は精神的に瑕疵を受けますので、中には心を病んでしまう人もいるやに思えます。

昨今の自公連立政権では増税だ安保法制だ何だと様々あります。
また様々なデモに「三色旗」が翻る事もありますが、何故、そんな状態でも今の時に「公明党」という政党が票を確保できるのか。
それはこういった「思考パターン」が上塗りされた人たちの支援があるからだと、僕は考えています。

よく「これだけ公明党がオカシイのだから、次回の選挙では議席を落とす」と言われますが、そんな世間の風評をよそに、何故、公明党票がそれほど激減しないのか。そこにはこういった人たちが信仰の名のもとで支援活動を必死に行うからなんですね。

結果、そういう人たちが創価学会を支えているのです。
僕はそう見ています。

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