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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20160425】三人よらば、何とやら

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

昨日は京都補選と北海道補選がありました。
まあ朝方のツイートを見ると様々な論評が載ってまして、自公の勝利とか野党共闘には意味があったとか、いろいろあるわけです。

でもまあ自公が勝とうと民進・共産がどうなろうと、日本の進んでいっている方向には何ら影響なんて無いのではないかと、ふと思ってしまいました。

所詮は政治、これは既得権益の分取り合戦にしか過ぎず、日本を本当に牛耳っている人々は、選挙結果を見込みつつ動いていると思いますし、今の政治は単なる「政治ショー」にしか過ぎなくなってます。

今の僕はそこに幻想なんて抱くことすら出来ません。

さて話は変わり、日本にある様々な諺は実に駿逸です。

その中でも以下の諺は、なかなか含蓄ある言葉だと僕は思います。

「三人寄れば文殊の智慧」
「三人寄れば鰯の頭」

この言葉ですが両方ともに三人という、最小限の組織として人が集まった時の行動について語っていますよね。

三人寄ると「文殊の智慧」とあるように、思いもよらない発想が出て、物事を大幅に前進させる事がある一方、三人寄ると小魚の鰯よりも劣るような行動しか出来なくなる場合もあります。

こういった人間の集団的な行動や考え方の両面を、この二つの諺は的確に表現していると思いませんか?

人々は問題を解決しようと集まり、頭を付き合わせて悩み、考え、行動するのですが、なぜこうも極端に結果が違うのか?

僕は今、企画系の仕事をしていますが、常にこの事について考えてしまいます。

一人一人はとても優秀であるにも係わらず、それらの人が頭を付き合わせた結果、結論として出てくるのは、とても下らないというか、問題の解決や進展とはほど遠い事というのはよくあります。

企画系の場合は、往々にして「ファシリテーター」という、議論を引っ張る主導者の力加減に依るところが大きいですね。

人間の思考にはスカラー量的な事と、ベクトルがあります。

簡単に云えば想いの深さと、方向性です。

頭の賢い人ほど想いは深いです。しかしそういう人たちが議論を重ねるなかで、想いのベクトル(方向性)が微妙に異なったり、全く違う場合などは、この深い思い(スカラー量)が相殺され、互いに引っ張りあったりして、結果としてはあまり大きな変革は無かったり、場合によっては思いもよらない悪い状況を作り出したりします。

今の日本は全くこの状況では無いでしょうか?

よく今の安倍政権の安倍総理を「ヒトラー」とか「独裁者」なんて呼ぶ言葉も耳にしますが、僕から見ると「独裁者」にすらなってませんし、そもそも日本という国には独裁者を産み出すような風土はありません。

要は安倍総理が日本をグイグイと引っ張るファシリテーターではないと思うのです。

日本で一番危ないことは何か?
それは「付和雷同」の「無責任主義」だと思いますよ。

本来、方向を束ねるのが「指導者」の役割であり、それこそが日本を動かす「ファシリテーター」になる人かと思うのですが、日本にはそういう人物は出そうに無いですね。

結果としては、日本は「三人よらば鰯の頭」になる傾向がとても強いと思いますよ。

「指導者」には強き哲学性が必要です。
難局打開の為に「文殊の智慧」を今の時代には必要とされていますが、少なくとも政治の世界にはそんな人物が見当たりません。

哲学がないですからねー。
最近の政治家には。

でも今の日本は、鰯の頭で生きていくほど悠長な時間は無いと思うんですけどね。

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