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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20160428】ロマンは不要だ

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

日々仕事に追われ、最近とみに体や心を消耗していることを実感しています。

二十代や三十代では、それこそ夜あまり寝なくても体か動いたのですが、五十も近くなると、疲れが抜けずに蓄積していくのが判るようになりました。

これも「老苦」の一つなのでしょうが、要は信仰しようとしまいと体というのは正直なものです。

さてさて、ネットでは相も変わらず創価学会や公明党というのは「話のたね」であり続けています。

そんな中で「某掲示板」もそうですが、現・活動家や元・活動家に多い論調の一つに「池田先生悪くない論」が未だに幅を利かせていますね。

「過去に池田先生はこの様に言われていた」
「過去に先生は大幹部に厳しかったのは、この理由があった」
「池田先生は誰それとの対談でこの様に言われていた」

まあ挙げたら切りがありません。

要は公明党やそれに指示出しする創価学会が悪いのは、池田先生以外の大幹部取り巻き連中が悪く、その取り巻きらは池田先生を理解していない。先生を利用しているだけだ。

だから今こそ、「本門の弟子達」が声をあげ、この極悪集団になった信濃町界隈の執行部を糾弾し、創価学会を建て直さなければならないー。みたいな論調。

多くありませんか?

青年部時代の僕は幹部として昼となく夜となく求められたこと。これは「結果が全て」という事でした。

そして結果とは「池田先生は数字しか要らないと言われている」とも云われた事が幾度か。

組織活動の中で、現場では様々な事がありました。

始めて会合に参加してくれた人、お題目を唱えて必死に仕事に取り組み、職場から信頼を得た人、家族が少しだけ理解してくれた、等々。

でもこういった事を報告しても、僕が若い頃の幹部は異口同音に言いました。

「途中経過なんてどうでも良い、決意なんかも要らない、結果はどうなんだ!?」

この言葉を数多の池田会長の指導や人間革命の言葉を取りいだしては詰められました。
そして僕がそこで感じたことは、「ああ、決意や途中経過なんかは上に報告することではなく、僕が受け止める事なんだ」という事です。

だから僕は自分が担当した組織では、それを念頭にして活動家達とは付き合ってきたのです。

創価学会の組織とは、常に「結果」を求めるもの。そしてそれが師匠・池田先生に応えること。

これは池田会長が教え続けた事ではありませんか?

よくいうじゃありませんか。
池田会長が支部長代理で幾つの御本尊流布を成し遂げたとか、大阪の戦いでは幾万の票を叩き出したとか。

そして当時の他の組織やその幹部なんかは、その足許にも及ばなかったみたいな話。

だから僕は今の創価学会という組織に対して、また池田会長に対して思っているのは。

「今の信濃町界隈を育て上げ、作り出したのは池田会長であり、安保法制や自民党の下駄の雪になったのも、ある意味でその成果である」

という事です。

師匠は常に弟子に対して結果を求めてきました。であれば師匠は結果を以て弟子に示す存在であり、その師匠が生涯をとして示した結果が今の創価学会である。

違いますか?

それともやはり秋谷議長を筆頭とした戸田門下生が「三代会長を守らなかったから」、いまの信濃町界隈になったと言うのでしょうか。

創価学会の役職は「責任職である」。

そうであるならば創価学会三代会長としての責任、SGI会長としての責任を考えても、やはり池田会長の結果ではありませんかね?

法華経の提婆達多品では、かの極悪人である提婆達多は過去世には阿私仙人として釈迦の師匠であったと説かれています。

そしてその阿私仙人は釈迦の在世に極悪人である提婆達多として生まれでて、自身の行動を通して法華経誹謗の厳罰を身を以て教えたと云うのです。

だから池田会長は「宗教組織」という事、また宗教で飯を食うという事について、信濃町界隈を作り上げて、示したのかもしれませんね。

はは、まあこれは冗談半分。

だから僕は池田会長の「小綺麗な言葉集」を引用したり、浪花節的なロマン滴る師弟論を翳して、創価学会を糾弾している言動に、大きな違和感を何時も感じている訳です。

「その池田会長の主義思想が、結果としては信濃町界隈を作りだし、増長させてきたんだろ?」

あともう一つ。
「私の命より大事な(創価学会)組織」という言葉。これは第二代戸田会長の言葉だと思いますが、この言葉を以て現場の活動家幹部に対して、組織活動を信仰だと教えていますよね。

会員の掘り起こし、多部数購読、財務に折伏という新規会員募集の活動。
これらを正当化する理屈の根本には、この戸田会長が言ったという言葉があります。
そしてこの言葉は池田会長も常々用いていましたよね。

あるときは「創価学会仏」なんて言葉も引用していました。

でもですね。
例えば釈迦の時代、その僧伽の組織化に血道を上げたのは誰か?
これは提婆達多でしたよね。

また日蓮は大師講というのを立ち上げていましたが、それの組織化に熱心であったという話はありません。

要は簡単に言えば組織とは信仰者にとって互助的なものであり、信仰触発の一部にしか過ぎないものなんです。

その組織をもって教勢拡大を仏教は求めていません。
あくまでも一人一人が内なる強さを確立することを求めています。

だから会長が「私の命より大事な組織」というのは、会長としての私見であって、それを即ち会員に求めることが間違いなんです。

しかし創価学会では、会の歴史と共に、この組織活動にもロマンなんて持たせたりしてますよね。

師弟のロマン、組織のロマンなんて要らんのです。

大事なことは、日々の生活の中で一人ひとりが自己の課題を解決し、よき人間として生きていけるのかという事ではありませんかね?

少なくとも僕はそう考えて日々生きてますよ。題目を唱えながら。
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