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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20160622】家族百景

こんにちは( *・ω・)ノ

仕事が爆忙しく、日々心をすり減らす感じです。
出来れば今日なんて休みたかったのですが、そうもいかずに出勤中。何しろ開発ベンダを呼び出して今日は試験をしなければならず、発注元として休むわけには行かんのですよ。

さてさて、そんな中でうちの嫁も支援活動に疲れているのか、様々な話を聞かされます。
そんな話を聞くたびに、「家族百景」という言葉を思い出してしまいました。

よく云うじゃありませんか「創価家族」とか「一家和楽」みたいな言葉。

これは「創価学会の信心すれば、一家和楽となる」という様な意味ですが、現実にそんな家族があるかと言えば、創価学会の活動家の家庭なんて特別に和楽な家庭なんてありゃしません。
創価学会の家であっても、やはりいまの日本の社会の縮図に過ぎないわけです。

最近特に感じるのは、一家離散とか病気ですね。家族で地元の幹部の家庭内で不和があり、両親が離婚とか、あとは一家の大黒柱たる父親である壮年部の幹部が病で倒れる、早世するなど。

こんな状況が恐らく日本各地の創価学会の活動家の中にあるから、法華講や顕正会あたりが「似せ本尊の害毒だ!」なんてあげつらうのでしょう。

僕が思うにそんな複写された文字曼荼羅だけの問題なのかとか思いますが、まあ彼らにしたらそうだと思っているのでしょう。

こんな事の根本には文字曼荼羅というよりも、そもそも信仰や人生を一人一人がどの様に捉えているのかとか、日々の生活の中でどの様に動き、祈り、生きているのか。
そんな処のズレなどが影響していると思ったりしますけどね。

そして創価学会の場合には、そこにやはり今の創価学会の指導性も関係してくると思いますし、それらに基づく組織内の指導なんてのも関係すると思いますよ。

人間とは本人とその周囲の環境は相互に関係しながら生きています。これは「依正不二」という言葉で云われている事ですね。
そして日々の祈り、これは何も仏壇の前だけではなく、人が行住座臥の中で思考している事も含まれますが、そこから環境とは作り出されていきます。

創価学会の現場幹部の中に、病気や一家離散が目立ってきたとは、つまり創価学会の信仰をしている人達の心象風景が、目に見える形で出てきたという事で、つまり今の創価学会の信心とはそういう事だということなんでしょう。

それを「罰だ!現罰なんだ!」なんて責めるのは容易いことですが、そういう言葉を云う人達が忘れているのは、それも日本の社会の実像の一つであり、単に自己正義を主張する集団にいたら無関係でいられると云う事ではないと云うことです。

「衆生の苦しみは如来の苦しみでもある」

これはよく言われる事ですが、この言葉の真意とはそう言うことです。

だから僕は単純な「罰論」なんて大嫌いなんですけどね。だってそんな言葉を吐くことで、そういう本質的な事すら思考の外においやってしまうではありませんか。

広宣流布とは社会の中の思想戦です。
そして社会とは、家族により構成されていたりします。その家族の在りようとは「家族百景」という言葉で現されるように、それぞれが全く異なった姿を持っています。

その社会の構成単位である、家族の多様性の中から今の社会の有り様をしっかりと感じるような心。

それが今の時代に問われているように思えてならないのです。

選挙に現を抜かしている時ではないのではありませんか?
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