忍者ブログ

想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20160708】創価学会の賞味期限

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

明日は参議院選挙の投票日です。まあ最近では期日前投票も根についているので、この週末の天気がどれだけ影響を与えるのか定かではありません。
以前だと選挙の当日がピーカンだった場合、人は遊びに行ってしまうので、早朝に友人を捕まえろとか、まあ良くやってましたが、最近では期日前投票に連れ出す流れですから、あまり当日の天候云々は言わなくなったように見えたりします。

さてさて、毎度書きますがこの選挙により組織にある細かなひび割れは見えるようになってきてますね。

三宅氏の選挙フェスに現役の創価大学の学生が公明党を糾弾したり、安保法制反対活動等から端を発した組織内の所々で燻る疑念。

以前であれば鉄壁の団結と組織力を誇っていた創価学会も、ここ数年で集める票数の下降は止められず、組織内も若手が消えて、団塊の世代のジイサンばあさんが「生涯青年」を自称して、なんとか体裁を保っている状態に見えます。

僕なんかは牧口会長の作った創価教育学会と、戸田会長が作った創価学会は別物と考えていますので、やはり組織の総勢を考えるにあたり、戦後の創価学会という組織で見てしまいます。

僕は「学会二世」と言われる立ち位置なので草々時代を知りませんが、多くの先輩から聞くと、特に昭和三十年代あたりは凄かったようです。

何が凄いかと言えば、折伏のやり方は半端なく、相手の手をつかんで入会用紙に書かせたとか、町中で「辻斬り」と言って見ず知らずの人を捕まえて折伏し、寺に連れていったとか。
はたまた拠点ではありませんが、深夜に夫婦で幹部のとこに呼び出され、折伏が出来てないことを幹部からなじられ、その場から折伏に飛んで出ていったとか、今では信じられないような活動をして組織拡大を図っていたんですよね。

時は池田勇人総理が「所得倍増論」を打ち出して、日本の景気は右肩上がり。社会の勢いもあってか、創価学会に入会した時の功徳論も合致して、急速な組織膨張を遂げたのでしょう。

また地方から上京してくる若者も取り込んだりして、まさに時の組織として、一気に日本を代表する存在になりました。

日本の社会に取っては庶民の受け皿として機能し、個人個人にとっても希望を叶える信仰という事で、創価学会は歴史の中にこの姿を留めましたね。

しかしこんな組織も四劫(成・住・壊・空)という理から逃れることは出来ず、いまの有り様となってしまいました。

要は「組織として賞味期限」が近づいて来たという事でしょう。

これは今の組織の動きかたを見ていれば解ります。
だって未だに昭和三十年代から四十年代にかけてやってる動きとおんなじ事をやっているんですから、これでは時代に取り残されるのも当たり前でしょう。

「数字による目標観」
「集団行動を恒とする思想」
「未だに大石寺教学から離脱出来ない」

確かに日本の社会として少子化なので、若い世代が少ないというのは、言い訳としては理解できます。でも末端、特に他方組織で急速に進む高齢化や若い世代の減少は、単なる少子化という事では無いと思えます。

これは創価学会の思想や行動が、特に青年層に受け入れられないという事なのではありませんか?

食べ物の場合、この賞味期限というのは冷凍すれば伸ばすことが出来ますが、組織は食べ物ではありません。
だから単に期限を伸ばすという事は出来ないでしょう。

ただ創価学会として、過去にこの期限を伸ばすチャンスはありました。それは第二次宗門問題の時だったと思います。

当時、大石寺の貫首、阿部日顕師を諸悪の権化の様にして、またそれに連なる出家僧や寺族、またそれに従う法華講を創価学会として攻撃をしました。

そこには当時の創価学会の青年層に対して強烈な事を刷り込んだはずです。

「権威権力に騙されてはいけない!」
「いままで信仰としての常識の転換」
「信仰とは本来、自由であり屹立した人間でなくてはならない」

僕なんから第二次宗門問題では、そんなことを徹底して学んだ感じがします。
当時の会合には友人も気軽に参加してましたし、だからといって入会しろ!とか新聞を取れ!なんてなりませんでした。

それまでは「謗法だ!邪教だ!」なんて教えられていたり、法灯連綿七百年なんて言ってたものも、実は違ったと教えられ、特に若い世代なんかは様々な事を自主的にやってたりもしました。

まあ当時の一部、壮年部や婦人部あたりは苦々しく見ていた人も居たようですが、そんなことなんて関係ありませんでしたよ。

「創価ルネサンス!!」

この言葉はとても魅力的でもありました。

また当時は公明党も解党し、新進党に合流することもあり、青年部のなかには「もう選挙なんてしなくて良いんだー!」なんて雰囲気もあったのですが、いつの間にか政治の世界では公明党も再結党し、御本尊流布と本来呼んでいた事も御本尊授与という言葉で再開。
その後に聖教新聞紙上には、池田会長への様々な顕彰の模様が連日掲載され、当の池田会長も「要らないと言っても先方がくれるというのだから仕方がない」なんて言ってましたよね。

そして気がつけば創価ルネサンスで変わったはずが、逆に先祖帰りしたかのような流れになり、「師弟不二」という言葉の下で、気かつきゃ下手なカルトよりもカルト臭が強い組織になってました。

インドの初代法務大臣でスードラ(不可触賤民)出身の仏教徒であったアンベードガル博士の言葉には以下のものがありました。

「単なる人間を偶像化し、神の如く祭り上げてまとまりを作ろうとする集団は、破滅の道を歩みます。」

これって当に今の創価学会だとは思いませんかね?

やはり既に創価学会という組織は、賞味期限が過ぎ去っているのではありませんか?

いま、ネット上での創価学会のアンチや正統派をいう人のなかに「創価学会奪還」をいう人もいれば、師匠の原点回帰を求める声が多くあります。

しかし既に賞味期限が過ぎた組織に、そんだけベッタリしたところで、人生の上で何か得られるものなんてあるのでしょうか?

僕なんかは単なる人生の時間の浪費にしか見えないんですけどね。

そんなことやるより、気がついたらさっさと見切りを付けて、それこそ小林節教授が云うように、新しい動きをした方が良いように思えます。

食い物も腐ったら捨てるでしょ?

あとはその食い物への注意換気はすべきでしょうが、そんな食い物を「まだ食べれるから食べましょう!」なんてやりますか?

そんな感じに見えて仕方ありませんなー。
PR

プロフィール

HN:
運ちゃん
性別:
非公開

フリーエリア

バーコード

ブログ内検索

P R

忍者アナライズ

カレンダー

08 2017/09 10
S M T W T F S
2
4
10 16
17 23
24 26 27 28 29 30

最新コメント

[05/03 NONAME]

忍者カウンター

Copyright ©  -- 想学談林-管理者の部屋 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]