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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20160731】師弟不二が組織を破壊する

こんにちは(´・ω・`)
梅雨明けして酷暑の続く日々が続くみたいですが、皆さん体調管理はされていますか?
こう暑いと、夜になっても自宅内で脱水症状となり熱中症になってしまう危険性が高いので、しっかりと水分補給をして、必要であればエアコンをつけるなどしてください。



そういえばローマ教皇がなんとも不気味な声明を出しているようですね。

ローマ教皇「第三次世界大戦が勃発した」と遂に断言! イルミナティ「新世界秩序」にも言及?
(TOCANA引用)


この声明の中で教皇のフランシスコは以下の様に述べているとありました。
「真実を言うことを恐れてはいけません。世界は戦争状態にあります。世界の平和は失われてしまったのです」
「世界大戦は、これまでにも1914年と1939~45年にかけてありました。そして、3つ目の世界大戦が起こっているのです」
「はっきり申し上げましょう。私が言っている戦争は宗教戦争ではありません。利害・富・天然資源・人々の支配を巡る“本物の戦争”のことです」
ローマ教皇庁のあるバチカン市国は、国家としてはとても小さいのですが、全世界のカトリック教会の頂点にあり、その権威たるや並大抵のものではありません。
また情報収集や分析(インテリジェンス)で言えば、一説にはアメリカのCIAをもし凌ぐとさえ言われています。
そのトップにある教皇の発言は、単なる思い付きなどではなく、裏付けがあり思惑在りの言葉です。
その教皇が「第三次世界大戦が起こっている」という発言をした事について、日本の中でももう少し注目しても良さそうなものだと思いますが、日本では相も変わらず「日々お祭り状態」なんですから頭が痛い限りです。

日本国内において、良い意味でも悪い意味でも創価学会は最大の宗教団体です。
本来、宗教団体であればこの様な世界に対して、自分たちの哲学性からどの様な観点を持ち、今後どの様にすべきなのか、パブコメや提言をすべきでしょう。

提言という事では、毎年「SGI記念提言」を出していますが、はっきり言ってあんな提言なんて形式的なもので実効上何ら人類に益するものではありません。

これは末端組織の活動家幹部も気づいているはずです。
「記念提言は難しい」という言葉、これは毎年どこの組織の中でも言われている事ですが、それはつまり記念提言が「言葉の遊戯」に終わっているだけで、人々の中に何ら響く言葉が無いからです。

身内の活動家幹部さえ「理解できない」という言葉が、果たして世界に影響を与えるものなんでしょうか。そんな事は火を見るより明らかな事です。

いま創価学会の活動家幹部に求められる事、それは哲学性を持つ事です。
混迷の深さが深刻になりつつある世界において、世界三大宗教の「仏教」の信奉団体であり、日本国内最大の組織であれば、その中核を担う活動家は当然、「人々の中の哲学性の灯台」としての役割を持つべきですが、実際にはその哲学性すら皆無な状態です。

これは先日来書いている事ですが、現在の日本の問題や世界の状況を語るにも、
「創価学会は素晴らしい団体です」
「池田先生は素晴らしい人です」
「この信仰で功徳を頂きましょうよ」
これしか言えないのに、一体どのような哲学性を持っていると云うのか。

少なくとも二十年以上前であれば、創価学会の中では御書を持ち、批判力の旺盛な青年部世代では様々な世界情勢を語り合うという風潮がまだありました。
しかし昨今の組織では、その批判力を本来は持ち合わせるべき青年部世代がほとんど皆無となり、自称「生涯青年部」と言う五十代以上の壮年や婦人が必死こいて活動して支えている状況となっています。
そしてその壮年部の幹部が先の様な発言を平気でするんですから、僕から言わせればあきれてものが言えません。

何故この様になってしまったのか、それは創価学会がいま全面に掲げている「師弟不二」が元凶の一つである事は間違いないでしょう。



「創価師弟三代の血脈」
この様な言葉で言っていますが、はっきり言っていまの創価学会が唱えている「師弟」とは、師匠と言われる指導者を祭り上げ、非人間化した偶像として祭り上げ、そこに信服随従する事を唱えている事なので、必然的にその活動家たちは思考能力が低下してしまったのではないでしょうか。

そして何故低下してしまうのか。
それは「永遠の指導者」の「御託宣」を、無条件に信じて受け入れてしまうからに他なりません。

そもそも宗教指導者を偶像化するという行為自体、その宗教が本来持ち合わせている志を捻じ曲げてしまう行為だと僕は考えています。

仏教においても釈迦を超絶的な聖人に祭り上げた事で、失われて見えなくなった志があると思います。これは何も釈迦だけではなく日蓮についても同様です。
「志」を薄めないためには、信徒同志が常に思索して考え、そこに一人ひとりが何を見出すかという不撓の作業が必要になるはずです。

しかし今の創価学会の中に、そういった事がありますか?

皆が「池田先生を信じる」という事のみ必死になり、その指導者の発言そのものを総括も出来ない「木偶の坊」の集まりとなっていませんか?
「師弟不二」が創価学会の根底を腐らせ、腐敗させている温床になっている事に、学会活動家は気づくべきなのです。

始めに書いた様に、今の人類社会は「第三次世界大戦」の時代に突入してしまっています。
本来「世界宗教」というのであれば、せめてその学会の活動家はそういった時代を鋭敏に感じ、一人ひとりが何を為すべきか、議論を開始しなければならないはずです。

そういった事を感じれないのであれば、それはすなわち「御利益信心」に陥ってしまっているという事であり、世界宗教なんて夢のまた夢でしかないのです。

少しは気づいて欲しいものですね。

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