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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20161122】創価学会の今後はどうか

こんにちは( *・ω・)ノ

今日は11月22日、「良い夫婦の日」だそうです。
僕も結婚して十年を軽く越えましたが、この夫婦関係、まあ所謂「一家和楽」を維持するのは大変な事です。

青年部時代、多くの男子部夫婦を見てきましたが、やはり旦那が活動家だと様々な軋みを家庭内に産む可能性がありました。

そりゃ旦那が毎日午前様で、日々朝憔悴しきった旦那を見て、また普段から家にいないとなれば、これは夫婦にとっては危機的です。

また既婚者である男子部が、ひょんな事から若い婦人部なんかと不倫関係になったりしたら、もう壊滅状態になります。

そんなこんなで離婚した夫婦を結構見てきましたが、それを見るたび「一家和楽の信心」とは何なのか、考えさせられて来ました。

創価学会の永遠の指針の一つ「一家和楽の信心」とは、互いに配慮をする事から出来るものであって、けして「戦っているから出来る」というものではありませんが、そういう視点もぜひ持って貰いたいものです。

さて本題です。

創価学会、今は財務を推進し、お金集めの季節ですが、これから先はどうなるのでしょう。
来年は「東京都議会議員選挙」が、創価学会にとって活動の大きなトピックとなります。
恐らく全国の活動家幹部は「本陣東京の主戦場に」という号令のもと、都内に住んでいる友人知人の処へ行くことでしょう。
もう先日の東京都知事選挙での公明党の醜態なんて関係ありません。

御苦労様な事です。

話は変わりますが、この土日に僕は地元で古くからの知人でもある壮年部と語らいを持ちました。

昨年の会則改正のこと、また先日の会則改正の事についても、かなり語り合いました。

この知人から聞くところでは、昨年の安保法制の時、壮年部の中でも「この問題はどう思うか」という事で懇談会があったそうですが、実は主催した側でも明確な答えもなく、なんとなく話もまとまらずに終ったそうです。

また昨今の会則改正に至っては、その本質すら語られることもなく、まあ何となく「改正されたんだ」という雰囲気で進んでいると聞きました。

つまり一言で言うと「日々多忙でそんな事を考える暇すらない」というのが現実である様です。

また例えば地区の協議会でそんな話題を出したても、婦人部あたりから「そんな理屈なんかより、壮年部は新聞啓蒙を一部でもやって来なさい!」と叱責されるのがおちで、誰も語ろうともしないだろうと、その壮年部は言ってました。

まあ僕が想定した通りの構図でした。

この壮年部からは「学会本部はなぜそんなに拙速に会則改正を進めるのだろうか?」と疑問を呈されましたが、こういう疑問を持つ現場幹部も多いのでは無いでしょうか。

恐らく創価学会は教学的にも日蓮正宗の臭みを消したいのかもしれません。
いや、公式的には「世界宗教化する」という建前は当然のことあるでしょう。

世界に出れば、仏教とは「お釈迦様=仏陀」の説いた教えであり、そこに「釈迦をも越える本佛・日蓮」を出した処で、それはカルト宗教という風に見られてしまい、世界宗教の遡上にすら上りません。

過去に「ハワイ・レポート」という、東大の大学教授がハワイに於ける創価学会の定着化を研究した内容にも、そんな事が書かれていましたから、創価学会を世界宗教にするためには、宗門と異なる独自性が必要なんだという理屈は、それなり説得力もあります。

ただし僕はこんな事は建前で、信濃町界隈の本音からしたら、完全に創価学会から宗門の臭みを消したいのかもしれないと考えています。

やはり創価学会にとって、この教学に残る大石寺の風味は、大きな宗教の脆弱性だと考えているのでしょう。
だから池田会長が存命の期間内に「池田先生の御栽可」という錦の御幡をかかげ、信濃町界隈としては早急に教義改正を進めたいのかと思われます。

今のままの教義では、宗門から完全分離は出来ませんし、いつまた揺り返されるか分かりませんからね。

また宗教的な権威を、信濃町界隈に集中させたいのでしょう。その為にも教義の独自性は急務だと考えているようです。

本部幹部会等、主要な行事に永遠さんが出席しなくなり間もなく十年になりますが、そんな状況でも必死に「お元気な池田先生」という事を云い続けているのも、その為では無いでしょうか?

創価学会が「宗教の独自性」を目指す事を僕はとやかく言いません。

なにせ独立した宗教団体なんですから、「独自性」を持つなら検討を進めて変える所は変えれば良い。しかし会員を信濃町界隈に従属させ、その権威を高めるが如き「独自性」であれば頂けないですね。

今回の会則改正で「先生を尊称とする」というのは最たるものです。

あと「日蓮仏法」を標榜するのであれば、しっかりと日蓮の歴史や教義と向き合える様にすべきです。適当にお茶を濁すような教学を独自性の名の下で作ってはなりません。

創価学会には現在、腐っても七百万票の集票力があります。

宗教団体が政治に関与するのは問題がある事ですが、これだけの勢力があれば、日本の動きを決める事が出来るでしょう。いや、政党勢力という事ではなく、これらの数字が真摯に政治と向き合えるのであれば、日本はもう少しまともな国になれるはずです。

残念なのは、今の創価学会は政権与党の自民党から「集票マシーン」と揶揄されながらも、活動家幹部が信濃町界隈の言いなりでしかなく、政治という事に関与しながら実は政治の事を考えられない組織になっているという事です。

そもそも「集票マシーン」と呼ばれていてくやしさも感じないのでしょうか?

政治を考える上で、大事な事は価値観です。
仏法はこの価値観で大事な事を与えてくれるはずであり、その価値観を元に一人ひとりが世の中の事を考えて、行動できる社会となれば、いまよりも少しはまともな国になれるのではないでしょうか?

いま創価学会の活動家達が、集票マシーンと呼ばれても、なんら恥じ入ることの無いのは、いまの創価学会の教義が原因でしょう。「師弟不二」が前面に出ていて、「池田先生」の御幡があれば、組織が取っている行動全てが正しいとしか考えません。

だから本来、価値観の基礎となる教学は大変重要な事なんです。目覚めるために教義に関する議論を組織内で起こすべきなのです。

でもこれを実施すると、いまの信濃町界隈には都合が悪くなりますね。

なにせ会員が目覚めたなら、公明党は集票力を一気に落とし、落選する議員も山ほど出てくる事でしょう。政権与党内で公明党・創価学会の価値は「集票力」なのですから、その利用価値を無くす事にもつながります。

また組織も「一枚岩」とはなりません。
何せ組織内においても考え方が、多様化するのでおそらく「分派」に近い事が起きる事でしょう。
過去に正木前理事長の危惧した「教義論争による組織分裂」を誘発する可能性も大です。

だから信濃町界隈が、教義に関して議論をするという事は出来ないでしょう。

であれば末端組織から起こすしか無いかも知れません。
それが出来るかどうか、それが創価学会の今後を決めることになると思いますよ。

まあ望み薄ですけどね。
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