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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20161202】臨死体験学(NDE)について

こんにちは( *・ω・)ノ

今日が終われば週末おやすみです。
最近はまっているのは、ネットの番組で放映されている「X-file」を観ることです。

日々寝る前に二話ペースで見てますが、お陰で嫁や子供達から怒られてます。
「早く寝なさい!明日もはやいんでしょ!?」
そんな事を背中に聞きながら、とにかく没頭してしまいます。

寝不足にならない程度に日々頑張りながら見てますが、モルダー捜査官やスカリー捜査官、また出演している役者もいいですし、ストーリーも中々面白いです。

基本にあるのは、この世界には現代の科学で解明できない事があるという考え方かなと思いますが、どうなんでしょうかね。

まだシーズン1なので、全て見るのには年内かかる感じがします。

さて、人生には大きな謎があります。

それは今回のお題である「臨死体験」に関わることですが、人がこの世界に産まれることと、死に逝くことです。また死んだ後の事も大きな謎で、死後の世界はあるのか無いのか、また死後に次の再生があるのか無いのか。

この事は人類史上、長らく語られてきてますが、未だに明確な答えは出ていません。



僕が創価学会で活動を始めた動機は、二十歳頃に出くわした知人の死でした。
先週まで元気に話していたのに、半年前に近所の店の前で会ったのに。そんな同年代の人が、あっという間に死んでしまい、この世から消えてしまったという事には大きな衝撃を受けました。

彼らは今、どこで何を考えているのか、それとも既に「無の存在」となり、消えてしまうったのか。

大きな疑問でした。

また僕には子供が居ます。
この子供達が産まれたときも、予定日からはかなり早くて、その為に当時の僕はバタバタしてました。

これらの事で、僕自身理解できたことは。
「人が産まれる事、また死ぬことは、人にはどうにもなら無い事で、これは同じ事なんだな」
という事でした。

さて現在の科学では、人は死んだら「ハイ、それまでよ」の存在だと理解されています。
また人が産まれるという事も、たまたま偶然に産まれてきたという事でしか理解していません。
でも実際にどうなんでしょうか?

まず「臨死体験」という事で言えば、昨今の欧米では「Near Death Experience」といい、アメリカの精神医の故・キュブラーロス女史や同じく医師で心理学者のレイモンド・ムーディ氏の研究は良く知られています。また日本では京都大学のカール・ベッカー教授が研究を行っています。

この臨死体験ですが、医学の世界では脳内のエンドルフィンによる化学反応で見た幻視であるという説など様々あり、まだ明確な答えというのは出ていません。しかし近年では、このブログでも幾たびか紹介した「プルーフ・オブ・ヘブン」という本の著者で、自身が最先端の脳外科医であるアレクサンダー・エベン氏が自らの体験と、その時の自分のカルテを医師として分析した結果、死後の世界は存在するという結論を出しています。

こういった事について、未だ日本では「オカルト的」な議論した行われておらず、仏教界においてもこういった研究があまり為されていない事というのは、とても残念に思います。

先のカール・ベッカー教授は、日本の平安期の浄土宗などにある往生記録など、国内に様々な文献があるにも関わらず、あまり研究が進んでいない事を残念だと語るくらい、あまりにも研究が進んでいません。

十年以上前でしょうか。ジャーナリストの立花隆氏は「臨死体験」という本を出版し、この臨死体験という事に独自の切り口で切り込んだ内容をまとめていたので、僕はこの本を幾たびか読んでみました。

そこであったのは、臨死体験といっても民族性や文化で内容に大きな違いがあるという事です。

例えば日本の国内の臨死体験の多くには「三途の川」というのが出てきますが、これが欧米の場合には暗く長いトンネルの先に光との出会いが述べられていたり、またインドでは神様が出てきて「お前はまだ死ぬには早すぎる」と送り帰されるという内容が多いと言います。

この側面だけを捉えると、やはり「臨死体験」という事は、まだ脳内の影響を受けているという論理も成り立ちますが、考えてみれば脳も体の器官(内臓)の一部であり、それだけで回答とはならない様に思えます。

僕が少し学んだ仏法の中には「色心不二」という概念がありますが、これは色(肉体)と心(心・魂)というのは二つ存在しながら、相互に影響を与えて一体として存在するという事を述べています。

先のエベン医師の診断では、自分が当に臨死体験をしている最中の脳は、大腸菌に犯され、膿の中で「死んだ」状態であると診断していました。ここから見れば、単に「脳内」という事だとも言い切れない処があります。

この事について、カール・グスタフ・ユングの心理学で考えると、人の心とは階層的な構造となっており、そこには民族や文化という事の心があるとも言いますので、器官としての脳が活動を停止した段階で、その人の心は意識からより深層の方向へと進む中で、その心(魂)がそういった幻視を見せるという事もありそうな気もします。

こういった事は、もう少し掘り下げていきたいものです。

ここで少し話の角度は変えますが、創価学会でも良く言う「広宣流布」ですが、こういった人間のスピリチュアル的な世界に対しても、しっかりと法華経を中心とした大乗仏教の観点で、解明を進めるという事も当然入る事だと考えています。

しかしながら、創価学会ではそういった事を一切していません。
過去には東洋哲学研究所で「教学研究」という小冊子を出版し、そこで様々な論文を載せていたりしていましたが、昨今ではこういった動きは全くと言っていいほどありませんね。

それでは今後、創価学会がこういった事について研究を進めるかと言えば、そういう思想的な活動というのは実際に今の段階では放棄をしている状態で、今後も選挙や組織権益維持以外、取り組む事はなさそうです。

またそういった創価学会の現状を嘆く人も、最近では増えてきている様に見えますが、多くは単純に永遠の指導者の「きれいな箴言」を元に、単純な組織の正常化しか求めてない様です。
誰も思想的な側面の問題提起は行いませんよね。

とても残念な事です。

という事で、僕はこういった方向も今後は大事になると考えていきますので、このブログや本サイトの方で、自分自身の努力目標として、こういった事についても扱っていきたいと考えています。

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