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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20161211】閑話休題ー人工知能について

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

先日、ホーキング博士の警告について少し取り上げた記事を書きました。
ホーキング博士だけではなく、世の中では幾人かの人が、これからの驚異となる存在としてAI(artifical  intelligence)をあげています。

この人工知能ですが、僕の業界でも四半世紀前あたりから言われていた事で、当時は夢物語でハードウェア(機器)の性能もまだそれを実現するところまで来てなかった事もあり、「まあ何れは実現されるかもしれないね。」という位のものでした。

しかし最近ではiPhoneに「Siri」が搭載されていて、言葉を理解して動くのを目にしたりして、いよいよAIも現実化してきたように感じています。

僕は専門家という類いではありませんので、あまり詳しく語ることは出来ませんが、この人工知能とは、人の知性をコンピューターの上で実現しようというもので、1956年にダートマス会議(人工知能という学術分野を確立した会議)でジョン・マッカーシーという人が銘々したと言います。

最近では「量子コンピューター」という物も研究され、変わりつつありますが、基本的にコンピューターとは0と1の二進数で記述された命令の集まりであるプログラムと、そのプログラムが扱う0と1で書かれた情報の集合体であるデータベース、また処理する計算チップで構成されています。
(この詳細を書くと様々ありますが、ややこしいので割愛しますね)

プログラムとは条件による処理分岐と演算、またデータの加工が主なものですが、こういった事を幾重にも積み重ね、その上に人間の知能に近いものを構築することで、人工知能が出来上がります。

つまりあくまでも人間の思考の模倣から入り、研究され作られています。

ここ近年、計算チップの処理能力も格段に上がり、データを保存する機器の性能も飛躍的に向上するなかで、今までは処理にも時間がかかったことが、どんどん短時間で処理できるようになったことから、この人間の知能を模倣するプログラムも高速化し、人工知能がより現実化してきたという事なんでしょう。

昨今では自動車の自動運転の仕組みにも、この人工知能の技術が利用されているそうです。

しかしここに問題も出てきています。

それは自動車の運転で事故を回避する際に、条件によっては人の命を奪うような選択を迫られる事もあり、その場合、どう人の命を判断させたら良いかというものです。

具体的に言えば、車が走る道路上に人が飛び出してきました。本来は避けなければならないのですが、周囲には大勢の人がいて、もし避けた場合、周囲の人に大きなケガを負わせる可能性があり、もしかしたら人が死んでしまうかもしれないという状況で、人工知能はどの様に判断すべきかという事です。

「一人を守るために大勢の人を危険に曝すのか」
「大勢の人を守るために一人を犠牲にするのか」

さてさて、人工知能にどの様な判断をさせたらよいのでしょうか?

こういった問題は極めて哲学的な要素を含む問題で、人工知能にどの様に判断をさせるプログラムを構築していくのでしょうか?

この人工知能を突き詰めていくと、人の存在意義とは何か、いやそもそも人とはどんな存在なのか、また自我とは何か、記憶と自我の関係は等々、とても情報処理の理論では捉えられない問題に突き当たるはずです。

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」
これはアメリカの作家、フィリップ・K・ディックが書いた小説で、いまから三十年ほど前に「ブレード・ランナー」という題名で、リドリー・スコット監督により映画化されました。

ここでは人類が作り出したレプリカントという、人造人間という存在を通して人間の条件と存在意義が描かれていました。

いまの人類が人工知能により、直面し始めているのは、このテーマでは無いでしょうか?

この人工知能は恐らくかなりの完成度で出来上がっていると思われます。人類の近代史をみると、実際に達成されているテクノロジーとは、得てして公開されたテクノロジーの数段上を行っています。

iPhoneで「Siri」があそこまで完成されていると言う事は、実際にはかなりのレベルまで来ているのでしょう。そしてその人工知能には、先程あげた様な形而上の問題がどの様な形で作り込まれているのか、誰も解りません。

人類のテクノロジーの最先端は常に「軍事利用」から始まっていることを考えると、これは「ターミネーター」で描かれたような事も、単なる「サイエンス・フィクション」では無くなっていくのではないかとも危惧します。

ここまで考えてみれば、何故スティーブン・ホーキング博士があれだけの危機感を持っているのか、僕は得心してしまいます。

人がテクノロジーを扱うには、それなりにバックボーンとしての哲学観や倫理観が必要であり、それらを醸成するのは信仰であり宗教ですが、今の人類はこの点がとても未成熟です。

そう考えるなら、やはり人類にとっての信仰や宗教の在り方も、見つめ直さなければなりませんね。
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