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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20170202】宗門を他山の石と出来なかった

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

間もなく節分ですね。

昨日は夜中まで客先のサーバールームに入り込み、ひたすら作業を深夜までしてました。

壮年部になったら、何かと忙しいのですが仕事は充実してたりします。

まあいま勤務している会社の社員が仕事をやらないというか、出来ないという現実はありますが、人から頼りにされるというのは、大事なことです。

さて今日は僕が広宣部時代に考えたことを述べ、そこから今の創価学会を振り返りたいと思います。

平成二年から三年にかけてでしょうか、「お尋ね文書」が宗門から学会側に送付され、そこから一気に険悪な関係になりました。

当時の僕は男子部の若手。
以前にもブログに書きましたが、その時から僕は「広宣部」に入れられ、活動を始めたのです。

まあ様々エグいこともやりました。
でもその全ては「学会正義」という名の元で肯定されていました。

「富士の清流七百年ではなく、富士の濁流七百年だった」

これが当時、先輩たちが言っていた言葉です。

そして何故、濁流になったのか。
その根本には「寺族」という、代々坊主の家系があり、そこには閨閥がある。

早瀬閥だ、細井閥だ、阿倍閥だと。
よー解りませんが、そんな事を聞かされました。

確かに歴代の法主は寺族から出身していたようで、彼ら寺族からしたら、戦後にぼっと出の創価学会は、良き資金源でありお客様だった事でしょう。

貧しく小さい教団であっても、宗門には「自分達は正義」だ。
そういう強い思い込みのあった宗派だったのではないでしょうか。
だから他の日蓮宗派から「針金宗派」とも揶揄されていたと思いますし、やはり寺族を中心に僧は上で信徒は下という意識も強かったのではないでしょうか。

僕は元々、宗門僧侶をあまり信用はしてませんでした。

それは男子部なりたての頃、当時は宗門と創価学会は「僧俗和合」という協調路線を取っていた時代。
僕は地元の寺院である日の午後、男子部仲間と本堂で唱題をしていました。

「おめーらいい加減にしろ!うるせーんだよ!」

突如として本堂に寺の所化が怒鳴り込んで来ました。

「題目あげてーのなら、他の場所でやれ!ったく!」

そういうと所化は庫裏へと去っていきました。
僕と仲間はその姿を見て、早々に寺を後にして、以降は寺で唱題するのを避けました。

「坊主は信徒を下に見ている」
「信徒の事を金蔓としか見ていない」

そしてこの様に腐った根本には、やはり「寺族」を中心として坊主が家業となっている事があるんだ。

当時の広宣部のメンバーは、法華講宅を訪問しては、その事を語り、だから宗門は不要なんだと言い続けたのです。

さてそれから四半世紀が過ぎた現在、果たして創価学会はどうなんでしょうか。

僕の地元にもいますよ、両親揃って職員幹部。そしてその息子たちも本部職員や外郭団体勤務という一家。

その息子が結婚したのも女性本部職員で、結婚後直ぐにその嫁さんは退職、ヤングミセスの分県幹部になりました。また幹部の子息も男子部では中央の幹部までにとんとん拍子に上り詰め、この間、壮年部の圏幹部として移行してきました。

この家族なんて、地元の超有力者。
大幹部夫妻には、地元の壮年部や婦人部の圏や分県幹部は頭が上がりません。

こんな縮図は恐らく日本全国にあるのでは無いでしょうか?

親が職員幹部で子供も職員。または親が議員で子供が外郭団体勤務なんてのもあるでしょう。

これのどこが「寺族」とか「代々坊主」と違うのか?

是非とも教えてほしいものです。

要は今の創価学会では、家業としての創価学会職員というのが、出てきているんですよね。

これは良い傾向なんですか?

この職員幹部という輩、質が悪いのは彼らは外見は「在家」であり、サラリーマン感覚で坊主と同じ様な稼ぎをしてるということ。

おそらく「会員の浄財により生かされている」と意識している人は居ないと思います。せいぜい有るとすれば、俺たちゃ上場企業同等の会社に勤務しているという位のもんでしょう。

僕は壮年部になってから、おかしいことはおかしいし、創価学会に巣くう不正についても歴代の圏長や圏幹部。または本部幹部に話をしてきました。

中には男子部時代に、共に法華講の家を訪問した人たちも居ますし、多くの対論の場を共に潜り抜けてきた先輩諸氏もいましたが、みな壮年部の幹部になったら、この創価学会に巣くうおかしさや異常さの話を敢えて聴かない様になっています。

ある圏幹部が言いました。
「自分の今の立場では言えないこともある、これはしょうがないんだ」

人生の中で長い間、創価学会と共に生きてきた。だからそれを否定することは言えないし考えられもしない。

そんな処でしょうか。

斯くして信濃町界隈は何ら会員から指摘される事もなく、その親類縁者も含めて創価学会という組織を飯の食いぶちとして君臨し、代々にわたって組織を食い物にする環境ができ上がるわけですね。

こんな創価学会でも末端組織では未だに「教宣部活動」と称して宗門を攻撃し、脱講運動をしています。

おかしな話ですよね。
結局、創価学会は宗門を他山の石とはできず、いまや同質になったということでしょう。
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