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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20170503】自分の過去について

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今日は五月三日、昔は「5.3」とか呼んで記念行事をやっていたと思いますが、最近はやってないんですかね?

僕が創価学会の活動家として足を踏み入れたのは、今から三十年以上前の事。切っ掛けは前にもこのブログで何度か書きましたが、知人が幾人か亡くなるのを間近に見て、人生について考え始めた事でした。

そして活動を始めてから、地元の男子部仲間と共に御書を学び、座談会や男子部の活動に加わり、その中で男子部の創価班にも入り、班長にもなりで、何時の間にやら組織の要に填まっていました。

また創価班大学校で友人を折伏したときに、仕事関係で所謂「活動体験」というものも経験し、自分なりに創価学会に対する「確信」を持つようになりました。

その後、二十年近くの活動の中で、より広範囲の地域組織の責任や決裁権を持つ立場も経験し、今の嫁と知り合ったのも、そういう中でお世話になった人からの紹介でした。

今でこそ創価学会に様々な事をもの申し、地元組織でも変わり者だ信心おかしくなったと言われてますが、考えてみたら僕が創価学会という事で、人生に影響を与えた人の人数は三桁に上るモノになってます。

そのなかでは未だに創価学会を正義と信じ、活動に没頭している人も居ますし、地元組織の壮年部や青年部の幹部の中にも、そういう僕が影響をあたえた人達が多く居ます。

これは何とも罪作りな人間だと思いますよ。

また嫁の結婚式にも多くの先輩や後輩が参加して貰っていて、そんな自分がいまやこんな立場で組織に物言いを続けているのですから、彼らからすれば「何つー人間だ!」「組織に弓引く輩に落ちぶれた」と批難される事は、当たり前の事ですね。

今でもたまーにですが、創価学会の会館に僕がいて、何故か僕が担当幹部として勤行の導師に座らされるという夢を見て、「ちょっと待て!」と思い、夜中に目が覚めるときがあります。

思い返して見れば、僕が組織の在り方に疑問を持ち始めたのは圏書記長時代からでした。しかし当時、副本部長や圏主任部長から組織の在り方を問われたときに、当時の僕は組織側の見方でしか対応が出来ませんでした。

それ以降に様々な事を見聞きするなかで、この疑問が確信になったのは分県幹部になってからで、実際に組織に正面切って物言いをしたのは壮年部になってからです。

たまに思うのは、もっと早く気が付けなかったのか、また他に早く取れる行動はなかったのかという事です。

少なくとも今の地元組織の壮年部や青年部幹部をやっているメンバーに対して、もっと有用な事を語ることが出来たのではないかと言うことを考えたりもします。

つまり今、僕は創価学会や信濃町界隈に対して、様々な事を物言いしてますが、誰がなんと言おうとも、一時期とは言っても信濃町界隈の指導を組織に浸透させる役を担っていたという事実を消すことは出来ませんし、推進役であったわけです。

どんなに取り繕っても、この「人生の中の十字架」を消し去ることは出来ません。
僕はこの事は墓場まで持っていかなければならないでしょう。また死の間際には、この自分の記憶は必ず僕の中に再現される事です。

その時、僕は自分自身の人生にどの様な栽可を下すのでしょう。

それは兎も角。
いま僕が日蓮の歴史や仏教の歴史、また創価学会という事について考えているのは、その反省という側面があると思います。

今回はちょっとこんなことを考えてしまいました。
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