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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20170509】選挙で何をしたいのか

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

GWも終わり昨日から仕事ですが、人間あれですね、九日間も休んでしまうと頭の中身を戻すのがエライ大変で、今日はこれから客先なんですが、未だに頭の整理ができてません。

そんな中、僕の嫁やその親戚筋は「都議会議員選挙」に一生懸命取り組んでます。
でも傾向を見ていると、やはり婦人部が主力で壮年部はどうしても腰が重いようです。

ある親戚の叔母は旦那の元職場の名簿を元に、動かない旦那に替わり集票活動に勤しんでいたり、ある支部長は自身の人脈が無いから男子部にはっぱを掛けて同行したりとまあ、みな東京都民でも無いのに一生懸命やってます。

でもこんなのは適法なんですかね?

まあそれは兎も角。
今の世界情勢を見ても、軍事的な緊張が高まったり、国の方向性が混乱したりと、かなり動いてますが、その世界に対して何を発信したいのか?

世界広宣流布というなら、そういう事を考えてほしいものですが、今の創価学会は組織の権益維持に窮窮として、そんな観点はどこぞへ飛んでしまっているのでしょう。

実はGWの期間、家族の用事に付き合う傍ら、近所の図書館へ行って大乗経典の誕生に関する書籍を借りて読んでました。

本サイトでも書いてますが、仏教は釈迦の説き出した教えが発展してここまでの哲学体系になったのですが、その発展の基礎には様々な人達の思想が関わってますよね。

興味深い話として、本の中にあったのは「貨幣経済」の発展が、僧伽の戒律の在り方に影響を与えたという内容でした。

釈迦が生きた時代、貨幣がまだ普及していなかった事もあり、釈迦の残した戒律には「出家者はお金を扱ってはいけない」という事が決められてました。しかし時代が進むにしたがい、僧に対する供養も貨幣で行われるケースが増えたそうですが、それによって釈迦の残した戒律に対する解釈が別れたそうです。

「釈迦の教えに従い、絶対に貨幣を受け取ってはいけない!」
「社会が変化したのだから、貨幣としての供養も受容すべきだ!」

つまり釈迦滅後、部派仏教として確か二十六派に分派した要因の一つが、こういった社会の変化があったという話なんですね。

また初期の仏教教団は、今でいう「遊行僧」の集まりであり、季節と共に場所を移動して一ヶ所に留まる事はなかった僧ですが、釈迦滅後に仏舎利塔を中心とした信仰が起きるなかで、僧の定住化も発生したとありました、

要は社会の動き、教壇の特性などにより、その持ち合わせる哲学性も影響を受けて変化を重ね、その上に今の仏教というのが成立していると言うことでしょう。

考えてみれば、創価学会とて戸田会長の時代とは大きく変化していますが、それもこう言った流れの中での変化であり、変わるというのは当たり前の話なんですね。

まあ創価学会が仏教団体なのかという根本的な事は別にしてですが。

よく仏教のなかでは「釈迦の悟りの内容が具体的ではない」とか「悟りが不明確だ」という話もありますが、それは「悟り」という固定的なモノは存在しないという事かもしれません。

人生の命題とは、一人一人が異なるモノを持ち合わせています。そして仏教とはそういう命題を一人ひとりが理解して、自分の人生の意味とか価値を理解することを目的とするのであれば、むしろ普遍的な「悟り」というのは無いのかもしれませんね。

ただ大事なのは、その人生に対する考察であり、そこはそれぞれに課されたモノなのかもしれません。

そういう事で考えると、今の創価学会の組織としての行動は、とてもレベルの低いモノであると云うしか無いと思いますよ。

だって社会の中の政治活動の中にある「捨て票」をかき集めるという行為に他ならないですからね。

そんな事に血道を上げるなら、もっと他に為すべき事が有るはずです。

活動家幹部は何をしたいんでしょうかね?
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