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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20170831】数合わせごっこと大勝利

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

本日の関東地方は台風の影響で曇り、所々雨が降っている様です。
しかし昨日の練馬区あたりの集中豪雨、凄かったですね。短時間であれだけ水位が上がってきたらたまりません。
僕が子供の頃にも夕立と言うのがありましたが、こんな粗い天気では無かったですね。本当にこの半世紀ほどで日本の気候は変化した事を実感します。

さて明日から九月です。
Twitter見ると地区討議資料が出ていたりして、それなりに創価学会の中の様子が垣間見えたりしますが、相変わらず数値目標を立てて進めてるんですね。

活動家も激減し、未来部も減少、しかも組織全体が高齢化著しいなか、昭和三十年代と同じやり方を続けてるんですから、組織官僚としての信濃町界隈は役に立ちませんね。

以前に信濃町で開催している「中央会議」を見る機会がありました。当時は秋谷会長、青木理事長、原田事務総長というお歴々でしたが、職員というのは本当に社会的無能者の集まりだというのが、その景色から判りました。

これは以前も紹介しましたが「上司に無断で職場から居なくなるな」「仕事の納期は守れ」「特に壮年職員は態度が悪いと指摘があるから、会員を大事にしろ」。
こんな事を原田事務総長が訓示しているんですから、呆れ返ってしまいました。

こんな無能な集団が全国に向けて指導するんですから、創価学会が衰退するのも当たり前ですよね。だから昭和時代の活動をトレースするしか能が無いのでしょう。

創価学会の末端では数値目標を立て、それを達成すれば「大勝利」で「楽しいこと」とし、達成できなければ「負け」とし、それは「広宣流布の後退」と考えています。
だから幹部になれば目標値をクリアする事に異様に執着します。

僕が男子部で部長の時、折伏の期間闘争の中であったことを少し紹介します。

当時の僕は部長なりたて、それこそ「初戦が大事」とばかりに、本部長や圏男子部長から日々「激励」と言う名の叱咤を受けてました。

要は折伏の結果として、担当の支部で御本尊授与が出来てなかったんですね。

だから圏部長会では毎回吊し上げされ、一日おきにある本部部長会でも副本部長には怒鳴られ、毎晩深夜に本部長から電話で三十分はネチネチやられる。そんな日々を過ごしてました。

僕が当時、考えていたのは「仏法対話を出来る人、また活動家を増やすこと」の二つであり、日々部員の所をコツコツと回っては、拙い対話に努めてました。

「授与数が増えても、それに伴い組織の陣容が増えなければ広宣流布ではない」

そういう考え方を持ってましたから、当時は「忍辱の鎧」ではないですが、ひたすら上から言われていた事を我慢してました。

そんな中、ある壮年部支部幹部の子息が独立するというので、支部内で分世帯がありました。創価学会では「世帯」で会員を管理してますが、子供が独立すると新しく統監カードを作り、世帯を分けるんですが、それと共に御本尊を子供に渡すんですね、新しく。

まあ支部幹部の子息なんで、昔から男子部だったので「やっとこさ独立したんだな」という程度の認識でしたが、当時の支部長から怒りの電話が掛かってきました。

「運ちゃん!○○さんの子供を新入会にしろと来てるけど、これはどう言うことだ!?」
「彼(支部幹部の子息)を新入会の本尊授与として報告に上げるって、本部長(壮年部)から来たけど、お前はそこまでして数字がほしいのか?」

当時の支部長は今から考えたら常識人であり、当たり前と言えば当たり前の事なのですが、僕はそんな分世帯を新入会という話は聞いたこともないので、理解に苦しみ支部長にその事を話しました。

するとどうやら壮年部の本部長から指示があったらしく、その大元は当時の男子部本部長のようでした。

「俺はそんな事認めないから」支部長は怒気を含んで言ってましたが、至極当然。

その夜遅く、何時もの様に本部長から電話が入ったので、その事を問いただすと。

「これで運ちゃんの支部でも御本尊を授与出来るという結果が出たんだから、良いじゃないか。何が問題なの?嬉しくないの?」

何をこの人は言っているのかと思いましたが、創価学会という組織では数字という結果を出してない幹部には発言権はありません。結局、支部幹部の子息は「新入会員」として新たな入会日が書き込まれたカードに移され、本当は「学会二世」なのに二十歳を過ぎて入会した男子部として、引っ越しさきの組織に回されたのです。

数年後、僕は副本部長兼任の部長として、同じ圏内の支部に派遣されましたが、そこでも折伏では数字を挙げられませんでした。当時の圏男子部長や圏書記長からは、やいのやいの言われましたが、兎に角人を出さなければと、部員の掘り起こしをした結果、折伏ではゼロ世帯でしたが、部活動者会に参加する部員は増加しました。

その後、僕が本部長になったとき、あれよあれよと御本尊授与をその支部はやり、数字的には本部として「大勝利」したという経験があります。

創価学会では「数値目標値」を設定し、期間内にその数字をやり抜くことが「大勝利」と指導しています。だから幹部はどんなことをやろうと、数字を挙げることに執着します。それは手段をある意味で問いません。

昨今話題になった、聖教新聞の多部数講読の流れの原因は、こういう組織文化があるでしょう。

活動には全て目的が本来は存在し、そのために毎回の目標を立てるわけです。目標は数で表しますが、その数値目標の影には、数字にならない目標があるはずなんです。

そして数字にならない目標の裏にある目的とは、組織の十年後、五十年後、また百年後という事を見越して本来はあるべきだと僕は教わりましたし、そう考えても来ました。

「お前さ、池田先生は決意は要らない、結果(数字)しか要らないと言ってんだよ!」

こんな台詞も山ほど聞いてきましたが、所詮、結果(数字)なんてモノは後から着いてくると僕は考えていましたし、だからその活動の根っこについて毎回考えてきました。

まあだから活動を止めたんですけどね、結果として。

しかし創価学会の活動家幹部の多くは、未だに結果という(数字)に躍り狂い、それを求めて動いているようですし、信濃町界隈も相変わらずそれを煽ってます。

いつになったら、組織活動としての間違いに気づくのか、恐らく気づくことなんてないのでしょうかね。
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