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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20171106】墓の問題

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今日の朝は冷え込んでますね。布団から出るのにかなり勇気がいりました。
いま日本にはアメリカのトランプ大統領が来てますが、何を安倍総理と話をしているのか、気になります。

あの安倍総理かこの間の選挙を「国難突破解散」と呼んでました。一部マスコミでは加計や森友学園問題を煙に巻くためという論調もありますが、僕はこの言葉に、それとは違う、かなりきな臭い感じを持ってます。

杞憂であれば良いんですけどね。

さて今回は墓の事を少し。
僕のルーツの墓は、とある地方の限界集落にあります。父親がたの実家ですが、その実家には跡取りもいなく、今では父親の兄弟が見ています。あと十数年経ったら、恐らく無縁仏の墓になるのではないかと思います。

僕の親の墓は、やはり地方にありますが、何の因果か、こちらも跡取りがなく、この先はどうなるんでしょう。
僕がいずれは面倒を見なければなりませんが、通うのに車で数時間の距離なので、これはこれで大変な感じがしています。

嫁の実家の墓も、既に一杯らしく、果たして我が家の墓所はどうしたら良いんでしょうね。

子供たちも何れ家庭を持てば、彼らは彼らで考えるにしても、墓所が彼らの負担になってはしょうがないですからね。

思うに日本の墓は「◯◯家之墓」みたいな墓標ですが、今の日本では既に家制度が崩壊して久しく、核家族が普通なので、この墓の考え方は時代にはそぐわなくなってきてますね。

まあ墓本来の意味で言えば、残った家族や親族が、亡くなった人とどの様な関係を持つのかという意味合いが強く、亡くなった本人にはあまり関係ない代物ではないかと思うんですね。

死んでしまえば、そんな墓の有無なんて関係ないと思うのです。

一部の怪しげな人達は、墓参りの重要性を殊更語ったり、そのために「霊障がある」見たいに言ってますが、僕が思うにそういう「障り(さわり)」というのは、本人の中にある感情的な拘りが原因であって、亡くなった人の亡霊まがいな事では無いでしょう。

僕の親の墓は公共的な色合いの強い墓苑にありますが、創価学会の管理する墓苑に墓を持つ人は、その子々孫々まで創価学会と何らかの繋がりを持たざるを得ないのかもしれません。宗教学者の島田氏は創価学会の将来を「葬式仏教化する」と言ったのも、このあたりにあるのでしょう。

そういえば創価学会で過去にあった「大分の乱」と言われる問題も、大分の創価学会地方幹部が、この墓苑事業で私腹をこやし、それを告発した現地の末端組織幹部が処分された問題ですが、こんな人の死に突け込んで私腹を肥やすなんて、人として既に終わっているというもの。

でも創価学会の職員幹部には、そんな終わった人達が結構いると思いますよ。

既に「家制度」が終わってしまった日本で、人の送りかたや、その後の偲び方、墓の在りようについては考えなければいけない時期に来てますよね。

そしてそこには人の死生観が関係して来ますので、そういう事も再考しなければならないでしょう。

自分は何処から何のために来て、どこへ行くのか。

そういう事を考え、指針を示すのが宗教の役割だと思うのですが、日本の既存宗派や創価学会を始めとした宗教団体に、それを求めるのは難しそうですね。

だから一人ひとりが考えないといけないのではありませんか?
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