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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20160531】創造者としての自分②

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ
創造者としての自分の事、まだまだ続きます。
仏法を現代に読み解くためには、やはり現代の思想の上で語る必要があると考えています。
そういう点から言えば、この「神との対話」は有用なテキストでもあると考えていますので、もう少し時間を費やす必要もあるかと。
という事で、今しばらくお付き合い下さい。
さて創造者としての自分という事で、話は続きます。

「すべての創造は思考から始まる。すべての創造は次に言葉になる。すべての創造は行為によって成就される。」
「あなたが考えるだけで言葉にださなくても、ひとつの段階での創造だ。考えて言葉にすれば、もうひとつの段階での創造になる。あなたが考え、語り、行動すると、具体的な現実になる」

ここでは人がその環境を創造するためのプロセスが語られています。

仏法では「依正不二」という言葉があります。
ここでいう依法とは環境を指し、正法とは自身を指し示しています。つまり環境と個人は常に関連性を持ちながら存在するのであり、その事についてここでは「創造」と言う言葉を使っているのだと思います。
正法(自分)が依法(環境)に影響を与えるプロセスというのは、前の記事にも書きましたが、仏法で述べる「身口意の三業」です。

人は常に物事を考え(意)、その考えが言葉となり(口)、それが行動として現れる(身)。
よく日本人は(特に昔の時代の男性諸氏は)「不言実行」を美徳としていました。
しかしこれを読むと、やはり自分が向かいたい方向の事については、言葉に出し、具体的な行動が大事だという事が改めて理解できます。

「ほんとうは信じていないことを考えたり、語ったり、行動したりすることはできない。だから、創造のプロセスには信念、つまり知るということが含まれる。絶対的信頼だ。願うだけでなく、確実にそうなると知っていなければならない。したがって、創造行為には、つねに知識が含まれる。何かを身体で理解し、まるごと確信する。「完全に受容する」ということだ。」

これはとても重要な事を述べています。

僕が学会で活動をしていた時、よく男子部員などは「祈っても全然叶わない」という言葉を耳にしました。
しかしその話をよく聞いてみると、ここにある「ほんとうは信じていないことを考えたり、語ったり、行動したりすることはできない。」という事と同様な時が多々ありました。
本人はさも必死に願望を祈ります。

しかし実はそれは単なる「思い付き」であったりして。だから本気にもなっていないし、その結果として行動も伴わない。
要は思い付きを「願望」とし、単にお題目を唱えているだけ。

それでは「祈りが叶う」という事は無いのです。
祈りを叶えるためには「自分はこうなっていくんだ!」という、ここで言うところの「信念」がまずは大事になってきます。

そしてこの信念の裏付けになる事は「知る」という事が含まれますが、これは何を知るのか。それは「己自身を知る」という事でしょう。
その祈りを自分自身が信じているのかいないのか。
信じていなければ当然、それが叶う事はありません。

また大事な事として「願うだけでなく、確実にそうなると知っていなければならない」という言葉にある様に、自分自身が言葉に出したとして、その祈りが自分自身、どの様に叶える事が出来るのか、そのプロセスを知らなければならないという事です。つまり「祈り」の中には当然「棚から牡丹餅」という事はありえないという事です。

だからここでは「創造行為には、つねに知識が含まれる。何かを身体で理解し、まるごと確信する。「完全に受容する」ということだ。」という言葉で述べていると思われます。



「そこまでわかっていれば、強い感謝の気持ちが生まれる。感謝せずにはいられない。それがたぶん、創造最大の鍵だ。創造が具体化する前に、創造に感謝することだ。願いは当然かなえられると信じることだ。そう信じてもいいどころか、信じたほうがいいのだ。それこそが悟りの確実なしるしだ。すべての〈マスター〉はあらかじめ、ことが成就すると知っていた」
「あなたが創造するすべて、創造したすべてを祝福し、楽しみなさい。一部でも否定すれば、自分の一部を否定することになる。あなたの創造の一部としてどんなものが現れようとも、それを自分のものとし、祝福し、感謝しなさい。非難しないように努めなさい。非難するのは、自分を非難することだからだ」

祈りを叶えるという事(創造)のプロセスの重要性、また自分自身を知るという事の大事さと共に、ここでは「感謝」という事の大事さを述べています。

先の段とも重なるのですが「完全に需要する」という事は、創造のプロセスの結果として現れた(創造された)結果についての需要(受け入れ)と共に、その結果については、内容如何に関わらず「感謝」する自分自身である事が大事だというのです。

この「神との対話」で記述されている内容は、実は別の書物である「ザ・シークレット-秘密の法」という書籍に書かれている事と重複しますが、そこにおいても、一番重要な事は「感謝」という事だと書かれています。

人の人生、そしてそこを取り巻く環境というのは、まさにその人が「創造したもの」であり、良くも悪くもその人の「心=一念」が作り出した世界だという事が理解できれば、そこに自ずから「感謝」という感情が湧き出します。
しかし「こんな事は祈っていない」という事だとすれば、それは「怨恨」につながり、その先にあるのは「自分自身の非難=自己の否定」という事につながってしまいます。
この事について、日蓮の御書にも同様の言葉があります。

「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ」(四条金吾殿御返事)
ここでは苦楽ともに思い合わせて、つまり目を背ける事なく御題目を唱えていきなさい。それこそが自受法楽(自分自身で望んで受ける法楽)であると述べ、いよいよ強盛の信力(自分自身を信じる力)を出していきなさいと述べています。

よく「創造」という言葉を考えてみると、それは即「願望成就」という観点の話で捉えがちですが、実はここでいう「創造」というのは、瞬間瞬間、人間は自分自身の生きる環境を作り出しているという話の「創造」であって、それが即ち「心で思い描いた願望成就」という訳ではない事が、ここまで考えてみると理解できませんか?

大事な事は自分自身が常に自身の周囲の環境を「作り出す=創造する」主体者だという自覚と、その自覚から自己自身を知り、如何に自分自身の人生を「有意義なものにしていくのか」という事についての事柄が、ここでは書かれているのではないでしょうか。
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