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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20170922】君は誰の弟子なんだ?

こんにちは( *・ω・)ノ

はー、今週も終わりで今月もあと一週間となりました。そうなると今年もあと三ヶ月ですが、みなさんにとって本年は有意義な一年だったでしょうか?

まだまだと思う人がいたなら、あと残り三ヶ月、めい一杯取り組んで欲しいですし、もうOKという人がいたなら、来年への準備に取りかかってみては如何でしょうか。

さて今日のお題。
これは未だ若かりし頃、とある先輩から投げ掛けられた言葉です。

「運ちゃん、君は一体誰の弟子なのか?」

僕は速答出来ませんでしたが、答えました。

「池田先生の弟子かと思ってます。」

この言葉に、当時の先輩は追求しませんでした。何故ならば師匠とは弟子が決める事であり、けして誰かに押し付けられるものではない。そういう関係だからだと聞きました。

当時の僕は池田大作という人物の事はなにも知りませんでした。というか情報が余りにも少ない状況のなか、ほぼ手探りで人物像を求めました。
青春抄、仏法西と東、敦煌を語る、若き日の日記、嗚呼人間山脈、小説・人間革命、仏法と宇宙を語る、法華経の智慧、その他様々なスピーチや書籍も読みました。
そしてその中にある言葉や箴言に心打たれた事も数知れず、勇気付けられた事も沢山ありました。

これらの中で、僕が生涯持とうと思った言葉は「二十一世紀の哲人たれ」という言葉で、これは未だに持ってます。

男子部から壮年部に移行する際、様々な事もありましたが、その時に求めたのも「池田大作」の実像でした。大きな疑問を持ち、その創価学会の原点でもある池田大作とは、本当にどんな人物なのか、本当の処を知りたい。

そう考えて様々な人に合い、様々な逸話を聞きましたが、その時に初めて人間としての池田大作の一端に触れた気がしました。

人間だから表も裏もある。
男子部の時、組織の中で触れられるのは、表の面ばかりで、裏の事は全てが「デマ」という事を教えられ、心の中で「本当かよ」と疑問を持ちながらも、そういった表の姿の池田大作を信じようとしてました。

しかし活動から離れ、様々な人に実像の一端を聞いたとき、それは驚きの連続でしたが、漸く人間としての池田大作に触れた気がしたのです。

今の僕に取って、池田大作という人物は師匠の一人です。人生には様々な局面があり、それぞれに教わる人が沢山居ました。多くは身近にいて、教わる人達でしたが、池田大作だけは身近ではなく、書籍の先に存在する人物です。

でも僕の人生に、大きな影響を与えたことから師匠の一人だと考えています。

「池田先生は本当に素晴らしい人だと思うんですよ」
「池田先生は裏切れないよな」
「池田先生が大好きなんだ」

僕の地元でも、創価学会の活動家幹部の多くが、その様に言いますが、僕はそう言った言葉にはリアリティを感じません。

「お元気な池田先生がいる内に、思い出に残る戦いを!」

こんな言葉を臆面もなく語る人がいます。
本当にお元気なんか?お前はどれだけの事を知っているんだ?

僕はこの言葉を聞くと、毎回イライラしてそう感じてしまうのです。

創価学会が推し進めている「師弟観」、これは狂ってるとしか言いようがありません。

弟子が師匠を決めるのであって、組織が師匠を決めるものではない。

師匠とて人間であり無繆という事ではない。

思うに池田大作という人物には、表もあれば裏もある。長所もあれば短所もある。
けして聖人君主なんかではありません。

僕は個人的に池田大作という人物を知りませんが、日中国交回復や当時の中ソ緊張緩和への貢献等々、人間としての実績は大したものだと思います。

しかし晩年になり、多くの顕彰に飾られて、しかも信濃町界隈が意識的に祭り上げられていく姿には残念な気持ちがあります。

恐らく今のままで行けば、池田大作という人間像は歴史には残らないと思うのです。
もし残るとすれば、昭和から平成にかけて急成長したカルト教団のぺてん師としての姿ではないかと。

人間、表もあれば裏もある。
その全てを評価できる様でなければ、歴史には名を残すことも出来ないでしょう。

池田大作氏を唯一の師匠と呼ぶのであれば、その考えを弟子と自称する人は持たなければならない。そういう時期に来ているのではありませんか?

創価学会が求める「本門の(池田先生の)弟子」と言うのであれば、そういう事も考えて欲しいものですね。
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【20170921】吹き荒ぶ選挙風

こんにちは( *・ω・)ノ

僕の地元も緊急地区部長会とか言って、選挙体制への切り替えを図ってます。
この間までうちの嫁は任用試験だ初級試験だと啓蒙に走ってましたが、どうやらそう言った会員を思っての努力も一変に吹き飛びそうです。

だから真面目に学会活動なんて、やらなきゃ良いのに。などと活動放棄の旦那は思うわけですよ。

この間の会憲では「世界宗教」なんて豪語してましたが、日本国というそれこそ日蓮の云った「秋津嶋」の勢力争いに右往左往する宗教のどこが世界宗教なんだか、誰か答えてもらえませんか?

さて本題。
安倍総理が解散するのは、法律で定められた総理大臣としての専権事項なので、これは致し方なしとしても、今回はどう見ても内向き、つまり自公連立政権内、引いて云えば自民党という与党政党の都合としか見えません。

表では2019年に増税される消費税の使い道をかけてなんて、とって付けた事を言ってますが、一番の目的は憲法改正なのではありませんか?

この視点、マスコミ情報に踊らされてますかね?

何故に憲法改正したいのか、それは安倍総理が昔から言っていた「戦後レジュームからの脱却」で、要は自衛隊を軍とし、よりアメリカと共に動ける様にすること、また世界各地に派兵可能として、それを実績に日本という国の立場をより強固にしたいと云う事なんでしょうか。

一昨年前の安保法制の急ぎ方を見ていると、そんな感想を持ってしまいましたし、昨今の北朝鮮の一連の行動に関する日本の動きを見ても、そういう事なのかなと僕自身は感じてます。

まあ併せて軍需産業にも力を入れられれば、兵器を世界に売り込むことも可能になりますしね。

これに対して現行憲法を縦に反対する動きも国内にはありますが、正直こちらも盛り上がりに欠けていて、けして今の国論を動かすものにはならないと思います。

衆議院解散はほぼ不可避でしょう。
そうなると自公政権に対抗出来るのはどこなのか。本来は民進党を中心とした野党なのでしょうが、こちらは内紛・分裂を繰り返していて、どうみても政権を取れる状態には見えません。

細野新党だか何だか知らないけど、あんな事で政権を取れるだけの勢力になるとは思えません。

都民ファーストから始まった動きにしても、まだ人材らしき人もいないし、これもまだまだ海のものとも山のものとも判りません。

では民進党はと云えば、組織内がガタついていて、安心して見ていられませんから、既に政権を取れる状態にありません。

恐らくこれでは選挙をやっても、投票率は上がらないし、それはつまり組織票、ここで云えば創価学会票を抑えている自公政権に有利な事は明らかです。

困ったもんですね。
受け皿がバラバラで、まるで煮崩れしてしまった魚の様に、つまみようがありません。

さて少し話題を変えて、今の日本に必要な事は何か。これは人類社会の現実を理解すること、また明治維新から太平洋戦争に負けるまでの日本の近代史を理解することだと思うんですが、どうでしょうか。

この事について、僕より上の世代もマトモに教育されていないので、あまりにも語れる人が少ない様に思えます。

国家とは何か、国際社会とはどういうものか、戦争とは、そしてその戦争無しに存続できないアメリカという国、国連とは等々。

日本人が日本人としてこういう事を学ばずに、どの様な国家とするのか、議論が出来るはずも無いのではありませんか?

国を論ずる事が出来ない人々が、戦争を語ることは出来ないでしょう。何故なら戦争とは常に外交の延長線上にあるのですから。

いやいや、一番の理想は民族や宗教など関係なく、国境もなくして、人類皆が「世界市民」という共通の価値観に立てれば一番良いのですが、今の人類社会は国家やそれに付随する民族や宗教によって、モザイクの様に分断され組合わさっている社会です。

こういう人類社会の中では、まず国家や民族等を理解して、そこから国際社会の中でどの様に振る舞うべきかを考えなくてはならないと思うのです。

過去に池田会長は「日本人には哲学がない」という中江兆民の言葉を引用してましたが、そういう事すら議論出来ないのが今の日本ではありませんか?

また平和を叫び憲法護持で戦争反対している人達も、アメリカと日本の本当の関係すら理解できてません。

これら日本の内情は、こう言った人類社会の現実と、近代史を学んでない事も、大きく影響していると思いますよ。

政治家の質とは国民の質であると以前に耳にした事がありますが、この衆議院の解散風の強まりに、ふと考えた事を記事にしました。

僕の云う事は正解ではありませんが、これを機会に、こういう事を考える人が増えればいいなーと思ってます。

【20170920】大義なき衆議院解散で見えること

こんにちは( *・ω・)ノ

九月に入り、仕事関係が結構しんどいことになってまして、それを乗り越えようと日々奮闘しています。

社員には使えない人達が多く、それこそ三分の一は日がな一日ネットサーフィンし、三分の二は、それらの人を脇目にしながら多くの案件を捌き、僕のようなパートナーがそれを補助するという感じで、ここで補助と言っても実際には主担当として取り組んでいます。

今の職場を見ると、会社とは社会福祉団体の様な側面もあるんだなと感じます。要は仕事が出来ない人にも居場所を与え、年齢に応じた給料を支払うんですから。

僕の様な個人事業主の様な感覚で生きてきた人間には、理解できない事なんですが、今居る大企業には未だにその様な風潮を感じます。

さて、そんな職場にもご多分にもれず男子部員が居るわけで、昨日も今回の衆議院選挙について話をする機会がありましたが、正直、この男子部員は怒ってました。

「俺たちゃ選挙の手駒ではないっすよ、うちの支部長も怒ってました」

何でもその支部長は元広宣部らしく、いまの創価学会の教義改正や一連の動きは知っていて、もう堪忍袋の緒が切れたと言ってるとか。

「でも選挙は頑張るんだろ?」

そう話を向けると「なーにイッテんすか、それを口実に友人と遊ぶだけですよ。数字なんて適当にあげときゃ、あとは静かなんですから」と笑ってました。

今回の選挙に「大義」はあるか?
この大義について、政治家の大義と庶民の大義は異なります、また政治家でも様々でしょう。

日本は議会制民主主義と言ってるんですから、その今の政治家の大義が違うと思うのであれば、落選させれば良いのですが、それが中々出来なかったりします。

その理由は「権益」という言葉で、僕はこのブログでも書いてますが、多くは選挙民と政治家の利害関係です。

創価学会もご多聞に漏れず、この権益を政治活動により守る側の立場にいます。しかし会員たちはその信濃町界隈の持つ権益を理解せず、広宣流布という理想の為に創価学会や公明党は取り組んでいると夢想しているのです。

この二つの考え方の大きな隔たりの狭間に立っているのが今の原田会長を筆頭にした信濃町界隈なんですね。

政治や経済と言った「権益側」には、創価学会としてそれを維持すると伝え、一方の創価学会会員に対しては、そんな権益のドロドロしたことはおくびにも見せず、池田先生を中心とした麗しい広宣流布の為に政治活動が必要だと諭し、ハッパを掛けるわけです。

こりゃ精神的にマトモな人間には出来ない芸当ですよ。

恐らく原田会長にしても今の信濃町界隈にしても、創価学会に入り、そこで活動を始めたばかりの頃は、そんな姿や精神構造ではなかったはずですが、まあ簡単に云えば戸田会長や三代の御大の作り上げた信濃町界隈の中で、今の様な精神構造になったのでしょう。

よくネットの中や、創価学会の在野の中でも原田会長を中心とした信濃町界隈はケシカランという論調と、そんな彼らに利用されている池田会長を偲ぶ言葉が多くありますが、そこに欠落しているのは、そういう信濃町界隈の人達を醸成してきたのは池田会長自身でもあるという視点です。

僕は以前に池田会長の近くにいた人と話をしましたが、その人が云う池田会長とは「中身が空っぽ、周囲につく側近次第でコロコロ変わる人」だそうです。

僕が非活になってから十年以上経過しましたが、距離を置いて創価学会を見ていると、その実態は池田会長の姿そのままだと感じます。

要は周囲の社会的な状況で、コロコロと主張が変わり続けてますよね。

僕は池田会長と親しく会話したことなんてありませんが、この創価学会という組織を見る事で、その人物なりを理解しました。

「私が創価学会を作ってきたんです!」

ありし日の御大は、本部幹部会同時中継の席上で何度も繰り返してきましたが、これは本当だったんですね。

まあ三代の御大がコロコロと変わるのは勝手ですが、それに振り回される方は大変でしょう。そんな御大だからこそ、付き従うには思考を停止せざるを得ません。

今の創価学会の思考停止は、そういった事情から拡大したのかと僕は思ってますよ。

そして思考停止しない人達の中に、信濃町界隈の職員、議員や外郭団体の職員が居るのではありませんか?

今回の選挙に関しては、自民党から創価学会に対して事前に打診があり、信濃町界隈はそれを了承、直ぐに方面長会議を開きました。そして公明党代表の山口氏に対し、安倍総理は伝達したんですよね。

つまり創価学会との間で話はついたから、解散するよと伝えた訳です。

これ、外向きにしたら山口代表は良い面の皮という事が判ってしまうことですよね。

確かに公明党代表の立場は、組織こそ別れてますが、実態としては創価学会の政治部門の責任者に過ぎません。でももう少し対外的に配慮してやれば良いのにとも思いましたが、創価学会の政治担当であるピロシ氏にはそんな感覚は無いのでしょうね。

今ごろピロシ氏は「俺こそ日本の政治の中枢に居るんだ」と得意満面になっているのかもしれません。

まあ、とにもかくにも衆議院の解散風は強まる一方です。

創価学会の末端組織の人達も、少しは知恵ある行動をとってみてはいかがでしょうか?

【20170919】創価学会にとっての教学

こんにちは( *・ω・)ノ

ここ二~三日で日本の政治状況は動いてきました。それこそ末端組織の人達の本来の役目である集票活動がまた始まります。

ついこの間、東京都議会選挙が終わったばかりなのに、今度は衆議院解散と選挙なんて、よくやるもんですよ本当に。

今朝の報道ではロシアから帰った山口代表を安倍総理は私邸に呼んで協議したとありますが、もう今月の17日に自民党は創価学会の了承を取り付けたと云うんですから、山口代表には事後通達というものですね。

まあ信濃町界隈のピロシは確か、山口代表が青年部の末端組織の幹部の頃から、信濃町界隈の中央幹部だったんで、反論するなんて事は無いでしょう。もしかしたら昨今の山口代表の冴えない表情は、そのストレスに依るものだったりして。

まあ所詮、「党代表」と言った処で創価学会の政治部門の責任者に過ぎませんから、何ら実際の決裁権なんてあるわけないですからね。

そんな中、創価学会の行事の一つであった教学試験も選挙で飛びそうな話を聞きました。

僕の嫁も組織の中を走り回って啓蒙していたのですが、それが全ては「紙くず」として消え去るのでしょうか。

残念な事ですね。

今の創価学会にとって、教学なんてのはさして重要ではないのが、この一時をとっても理解できるというもの。
まあ2014年の会則改正から一連の教義改正について、未だに末端組織では徹底されてませんし、教学試験の教材についても良くできたもので、改正した論点はギラギラさせずにスルーできる内容でした。

未だに末端組織では大石寺の大本尊を恋慕し、それの図顕が出世の本懐。日蓮は末法の御本仏と信じている人が多数います。まあ多くは高齢者ですけどね。

一方で今の青年部は、教えの論理性や日蓮の説いた内容なんて、刺身のツマ程度で御書すらまともに読めませんから、池田先生さえ居ればどーにでもなるんでしょう。

だから池田会長の事は、表に出さないし出せないのだと思ってますよ、僕は。

日蓮は「大難出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり」と開目抄で述べてましたが、いまの創価学会、こと信濃町界隈にこの心意気はあるのでしょうか?

それとも、既に資金は唸るほどあり、自分達が生きている間は食いっぱぐれは無いことから、適当にやっているのかもしれませんね。

青年を育成するとか、教学を大事にするなんて、口先だけで言ってますが、いまの創価学会にはそんな事は関係ないのでしょう。
既に「お元気な池田先生」という事さえ言っていれば、末端組織の人達は「お元気な池田先生の元で云々」と、信濃町界隈のおかしさなんて忘れて集票活動もしますし、財務と言ってお金も貢ぎますからね。

こんなんが「宗教界の王者」「庶民の王者」と言うんだから、何とも嘆かわしい限りです。

【20170918】内道変じて外道となる

こんにちは(´・ω・`)

この三連休、本当は子供を連れてどこかへ行こうかと考えていたのですが、台風18号の影響で、結局は家の中に雪隠状態となってしまいました。
まあ個人的には仕事関係で勉強しなければならない事もあるので、その時間を取る事が出来ていますが、やはりこの天気は憂鬱になりますね。

さて先日の記事「【20170915】七重の相対(五重の相対)考察」を読んでいただいた方からメールを頂き、いまの創価学会の中で行われている幹部指導の実態についての疑問点を頂きました。
今回はその回答ではありませんが、その件について少し記事を書いてみます。

「難しい問題に出会ったとき、年配の婦人部の人は「もう必死で御題目をあげるしかないだよ」とよく言います。題目をあげて問題に取り組むのはいいのですが、題目をあげる事しか思いつかず、それ以上考えるのを放棄してると思います。」

この文面は頂いたメールからの一部抜粋となります。

僕が青年部時代からこういった指導というのは行われていました。斯くいう自分も青年部時代に家族の大問題に出会ってしまい、藁をもすがる思いで当時の男子部の先輩の家を夜中に訪問した事があります。
当時、その先輩は深夜1時近いのにも関わらず、快く家に上げて頂き、僕の想いや考えている事を一通り聞いてくれて、最後に一言「もうお題目しかないだろう」という言葉をもらいました。
それからの僕は毎晩、帰宅すると深夜まで一人仏壇の前に座って深々とお題目を一時間以上唱える日々が続きましたが、一か月ほど経過した時に、状況が急転直下で変化して問題を乗り越えたという事がありました。

その事を先の先輩に報告したところ「本当に良かったなー」と自分の事の様に喜んでくれた時の先輩の顔は未だに僕の記憶に残っています。
(余談ですが、この先輩も後に信濃町界隈の中央幹部に反論した結果、降格人事をくらい、組織から消えてしまいました)

人が悩みを抱えてきた場合、どの様な言葉で相対するのか、そこには常套句はありません。
出てくるのは恐らく、その人に対して日常からどの様に心の中で考えているのか、その人に対する想いにつきるのではないかと思うのです。

「昼夜常精進 為求仏道故 此の文は一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり。」(御義口伝下)

御義口伝は口伝だから日蓮直説ではなく偽書だとも言われていますが、僕自身はこの言葉には真実があると考えているのも、こういった事からです。

この悩んだ相手にかける言葉。
ここで特に気を付けなければならないのは、安易な言葉は慎むべきという事ではないでしょうか?

先の拙ブログの記事で「内外相対」について書かせてもらいましたが、仏法とは内道であり、全ての事象の原因は自身の内にあるという事に気付かなければならないという事です。
よく創価学会の中で言われる事ですが「御本尊様にお任せすれば大丈夫。とにかくお題目を上げなさい」という言葉。これも本来は気を付けなければならないのです。

本来、内道という事で言えば、その問題が如何なる原因が自分の中にあり出会ったのか。そこについてしっかりと相手に理解をさせなければなりません。またこの原因ですが、単なる宿業論という事ではないという事も相手に理解をさせる事も大事な事なのです。

いまも創価学会の中で良く言われている「過去世の謗法(宿業)が原因で現在の苦しみがある」というのは、実は婆羅門の教えであって、釈迦もその思考は否定していました。
それが一番の根拠は「久遠実成」という法理です。妙法蓮華経が何故、大乗経典の最高位の経典であるかはこの法理があっての事であり、要は久遠という計り知れない昔、釈迦は既に成仏していたにも関わらず、様々な経典で過去世の姿として説かれてきた様に多くの苦悩を受け、そこで常に法を求めて菩薩の修行に励んだという事はそういう事ではありませんか?

日蓮もこの事については開目抄で以下の様に述べています。

「経文に我が身普合せり御勘気をかほればいよいよ悦びをますべし、例せば小乗の菩薩の未断惑なるが願兼於業と申してつくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦をうくるを見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし」
(開目抄上p203)

つまりいまある苦悩には理由と目的があり、そこに対して直視する事が仏法では重要な事であり、譬え日蓮の文字曼荼羅に祈ったとしても、その原因を自分自身の外にあると認識させ、且つ自分とは別の御本尊という自分以外のスーパーパワーを持つ存在に依存させてしまうのであれば、それは内道ではなく外道の教えとなってしまうでしょう。

以前の記事にも書きましたが、僕の相談のメールが来て、会ってみるとお題目を唱えて一時期は改善したように見えていても、時がたてば同じ苦悩にめぐり逢い、そこで堂々巡りを始め、最終的に仏法不信となっている人の多くが、この外道の信仰に陥っていました。

「御本尊ちゃま~、お願い、御利益で祈りを叶えて!!」

こんな祈りは外道の祈りであって、仏法の祈りではない。
僕はその様に考えています。

この事について天台大師も「道士の心を以て二教の概と為し邪正をして等しからしむ義是の理無し、曾つて仏法に入つて正を偸んで邪を助け八万十二の高きを押して五千二篇の下きに就け用つて彼の典の邪鄙の教を釈するを摧尊入卑と名く」とある様に、この様な祈りでは、見た目は仏法の様ですが、何ら外道の祈りと変わる事の無い信仰として仏法を誤解させてしまうのです。

苦悩に悩む人に対して、どの様な言葉を掛ければ理解してもらえるのか、そこは解りません。
単刀直入に「願兼於業」という事を話しても、相手は理解できないかもしれません。だからこそ、相手をどれだけ想い「抜苦与楽」の心をもって対応していくのか。

そういう「心」を持った幹部が少なくなりましたね。

仏法とはどこまで行っても内道なのですから、こういった視点を忘れてはいけないと僕は思いますよ。

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