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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

このブログについて

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内容は主に日蓮、創価学会、公明党、また時事関係など様々です。
よろしければ読んで見てください。

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【20171217】形から入る信仰

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

来週はクリスマス・イブですね。
そう言えば青年部時代はクリスマスなんてイベントは関係ないものでした。

僕が若いときにはJR東海のコマーシャルで「シンデレラ・エキスプレス」なんてやってて、山下達郎の歌をBGMにして牧瀬里穂が演じてましたが、僕の生活はそんな事とは無縁なもので、この時期は会館にいたり、会合に出てたりしてました。

「俺らは仏教徒ぞ!!」

そんな空威張りしていた事を、ふと思い出してしまいます。

そんな僕も今ではクリスマスの行事は家族と伴にやってますけどね。出掛けたりプレゼント買ったりとか。

さて今日のお題です。
創価学会の活動家幹部が教義改正に無関心だったり、会憲制定であっても内容に無頓着なのは何故なんだろう。

そんな事をふと考えたのですが、この原因は「化義の広宣流布」という考え方にあるのではないかと思うのですが、どうですかね?

この考え方というのは日寛師の教学から来ています。つまり「広宣流布」というのは「法体の広宣流布」という教義の確立と「化義の広宣流布」という文字曼荼羅の拡大の二つに立て分けしたものです。

これは観心本尊抄にある「当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。」という文言の日寛師の解釈から派生しているもので、そこから日蓮が行った事は「法体の広宣流布」といい、門下に託されたことが「化義の広宣流布」だと述べました。

改めて考えてみると、この日寛師の解釈もかなり強引なモノだと思いますが、それは時代の様相などにもよる事があるだろうし、ここでその解釈については置いときます。

だだ「法体」「化義」を立て分けした事で、信徒は「法体」に関することは取り合えず考えなくなってしまったのではありませんか?

ここでの「化義」とは「文字曼荼羅を拡大する事」や「その文字曼荼羅への祈り方」を広める事であり、その法体(教義)については既に完成されたものだという事になってます。

また創価学会に於いても、この「化義の広宣流布」という観点から、会員の拡大と伴に文字曼荼羅の流布に重点がおかれ、教学が軽視されてきたように思います。

また会員の育成についても、形から入るものが主体でした。

青年部の人材育成についても、創価班、牙城会、白蓮グループでは、例えば髪型がどうとか服装がどうとか、全てにおいて形から入り、形を整える事に主眼が置かれ、教学を基にした物事の考え方、捉え方は二の次という感じであったように思うのです。

また組織活動に於いても御大が過去に成し遂げてきた数字や組織の形を模倣して、それを目指すことに重点がおかれ、本来の教義をどの様に展開するのか、どう世の中の物事を捉えるのかといった事は、常に二の次に置いています。

こういう事から、創価学会の組織としては、教義に関しては「完成された」という認識のもと、そこに様々な解釈を考えることは誰も思考せず、むしろそういう事をやるのは「我見である」として、敢えて考える事をしない文化が醸成されてしまったとも言えるでしょう。

僕のもとに来る幹部連中に、教義改正や会憲の事を持ち出し、それに対する論難を仕掛けたときに、多くの幹部たちが「めんどくさい」という表情を出すのはその為なのではないでしょうか。

果たして日蓮が求めた「広宣流布」に法体だ化義だというものがあるのでしょうか。

果たして日蓮が後の世に求めたのは「化義の広宣流布」という、信仰の形を広めるものだったのでしょうか?

そこも考えて見る必要があると思うのです。

【20171215】国や社会が変えられるのか

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今週になって風邪を引いてしまいました。

体調悪いと人は機嫌が悪くなるもので、昨日などマネージャーが相変わらずボケた論説ばかり述べたので、逆詰めしてしまいました。

最近になり分かったんですが、僕は大きな組織の中では生きられない性格なんですね。

全くもって損な性格だと思います。

恐らく少し賢ければ創価学会の中で幹部をやりつつ、市会議員や国会議員と懇意になり、様々な事が出来たと思ってます。

何故こう思うかって?
そりゃー昔の営業時代に、そうやって公明党議員と繋がりながら、仕事をやっている人達を多く見たからですよ。
内外問わずにね。

さて本題です。

過去に大石寺では日本国民の大半が大石寺の信徒となり、そして天皇陛下も大本尊を信じるようになり、自ら大石寺に行幸し、時の法主の下に来て信心する時代が来ると信じてました。

「不開の門」なんてのも大石寺にありましたが、あれなんてそんな時にその門が開かれて、そこを天皇陛下が通る為でしたからね。

恐らく大石寺は暢気にそんな時代が来ると信じて、待ちの状態であったのでしょう。

天奏(天皇への奏上)なんてのも幾人かの大石寺の貫首がやっていたそうですが、その行為が日本の社会に影響を与えたとは思えません。

でも日蓮は過激でしたね。
時の幕府の実権者に当たりを付けて安国論を上呈し、鎌倉にいる仏教界のお偉いさんに問答を挑み、自らの行動で信徒も増やして行きました。

恐らく時の幕府よりも鎌倉仏教界が、その日蓮を恐れたのでしょう。自分達の権威を脅かしかねない存在だと。

だから幕府に取り入って、様々な迫害を企てたのかと思うのです。

「万民一同に」「国主この法を立てらるれば」という言葉で何かと日蓮は自分の宗教を広める事に終始して、他宗を脅かしたと言われますが、日蓮は自分の説いた独自の教えを果たして国中に広めようとしていたのでしょうか?

三大秘法抄や一期弘法抄(相承書)等は現代では偽書として、ほぼ確定しているような状況ですが、そもそも日蓮は日本の仏教界を法華宗として法華経を中心とした教えの下に統合したかったのではないでしょうか。

しかしだからと言って、日蓮は宗祖とか開祖になろうとは考えてもおらず、釈尊久遠の弟子の上行菩薩という立場から、それを成し遂げたいと思っていたのかもしれません。

日蓮は自らの著書の中でも日本を「秋津嶋」と呼び、その為政者を「嶋の主」と呼んでいたくらいなので、そもそも日本の政治に関与する考えなど無かったと思います。

しかし日蓮が取った行動や、その残した言質から、後世の門人の間に先に説明した「日本人の大半の入信」とか「天皇陛下も信心させる」という思想が生まれてきたのかもしれませんね。

戦前においてもこの日蓮の思想を国の根本にしようという動きがありました。代表的なのは田中智学の国柱会ですね。また北一輝の思想なんかも、その一分に入ります。

そして戦後には創価学会が具体的な行動を起こしました。戸田会長の七十五万世帯の拡大とか、池田会長の公明党結成、衆議院進出も、その一連の行動の中には大石寺が待ち望んでいた一国流布という思想が影響していたのも事実です。

特に創価学会は戦後の日本において、大石寺に伝わる仏法の検証という事では意味があったと思いますよ。

「御本尊を広め」「御題目を唱える人を増やす」という事で、社会はどの様に変わっていくのか。

しかし結果はどうでしょうか。

敢えて語る必要は無いと思いますが、まあ惨憺たる状況です。日蓮の言葉を借りて言うなら「日蓮を敬うとも悪しく敬えば国滅ぶ」ではありませんが、日蓮の真意を理解せずに日蓮を間違えて敬った結果として、日本はいまやガタガタです。

戸田会長が創価学会を始めて七十年以上たち、創価学会という壮大な社会実験の結果として解ったのは「(組織だった)宗教運動で社会を変える事は出来ない」という事だと思います。

そもそも宗教とは信仰の上に成り立つものであり、信仰とはあくまでも個人的な内面の世界の話です。だからひとつの思想で社会を変えようなんて、もともと無理があるのではありませんか?

もし社会を変えるのであれば、その思想や哲学で、社会を変革できる人間を作り出せるだけのモノでなければならず、その思想や哲学は普遍的に広まる教えである必要もありません。

社会を変えるのは人であり、その人間の連帯です。もし宗教にその役割があるとすれば、それは一人の人の心に対しての働きかけであり、人と人との間の糊代位だと思うのです。

しかし戦後七十年、創価学会のやったことは「異体同心」という言葉に代表される様に、同じ思想で多くの人が動くことでした。

結果は「思考停止」で、信濃町界隈を疑わずに活動を推進する要員を増やしただけで、しかもその要員も組織の都合で政治権力の補完勢力になっている始末。

そろそろこういった現実に目を向けるべきだと思うんですけどね。

宗教なんかで、国は変わりません。

【20171214】創価学会の改革について

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

いやー、こんなチマチマとしたプログを十年近くやってると、過去に書いた記事に何を書いたか忘れてしまってます。

ただこの十年の間、様々な人とも会いましたし、様々な書籍にも触れてきたので、恐らく僕自身の持論も変化していることは否定しません。

でも人の思考というのは常に変化を続けるモノであり、表向きの枝葉末節の部分は変化を続けるのでしょう。

こんな僕も思い付くままTwitterに書き込んでますが、そうすると「Twitterの中でだけ活動している」等という事を言われます。
こんな僕でも過去には地元組織の幹部を掴まえては様々な対話をしました。
しかしながらその結果として組織の中では「アンタッチャブルな存在」として現在に至っているんですよね、残念ながら。

まあ今でも支部幹部や本部幹部、圏幹部がくれば「対話」をしますが、多くは対話すら成り立ちません。残念なことです。

さて今日の本題です。
「件三名」。つまり元本部職員三名が、未だに懲りずチマチマとした活動をしてますが、こんな彼らに期待をする人、また賞賛する人がいます。

彼らに限らず「創価学会の組織を改革するんだ」と意気込む人、「今の創価学会が嫌いなら、自分の思う創価学会を作れば良い」という戸田会長の指導を真面目に信じてやっている人が居るようですが、僕はこういった事は正直無意味だと思ってます。

なぜ無意味なのか。

まず始めに考えなければならないのが、創価学会は何を広めようとしているのでしょうか、また何を信仰の根本しているのですか?

昔の創価学会であれば、単純明快でしたよね。広めようとしていたのは大石寺に伝わる日蓮の教えとその本尊だったんですから。

しかし今では「弘安二年の大本尊は受持の対象とはしません」という事で、一昨年の教義改正の折り、原田会長は断言してました。

これは単に「大石寺」からの決別のみならず、日寛師の教学との決別も意味します。

日寛師の六巻抄を読んでみれば解りますが、本門の戒壇ということで、日寛師は大石寺の大本尊を根源と位置付けています。

根源を否定するという事は、日寛師教学との決別に他なりません。

またこの日寛師の教学というのは、宗門や顕正会と対論をやりあった際に、その依処にもしていた教学であり、牧口・戸田会長が「日蓮仏法」と呼んだのもこの教学です。

また第二次宗門の時、宗門に対して創価学会の正統性を論じる基礎でもあったのです。

これらを否定したいま、創価学会の基礎教学はグズグズになっているのに、そこを論じもせずに「組織を正常に建て直す」なんて言えるのでしょうか?

「いや、昔の創価学会に戻すという事は、ここも原点回帰すべきなのだ。遠藤元教学部長の論文にも書かれているではないか」

そうであれは、この日寛師の教学にあった根源の大本尊の偽作疑惑についても答えなければならないでしょう。
また最近になり判明してきた日蓮本仏論は天台宗恵心流から流入して出来上がったものであり、元々は日蓮は上行菩薩として振る舞っていて、久遠の本仏とは法華経本門にある久遠実成の釈迦を指していました。

「改正もダメ、元もダメ。ではどうすれば良いのか?」

こんな状況を知るとそうなりませんか?

そうなんです。だから今一度、日蓮仏法という事を見つめ直さなければいけないのです。

元本部職員の三名は「池田先生のお心に叶った創価学会に戻す」と言いますが、歴代会長や草々の人達が信じたのは大本尊であり、大石寺の教学に基づいた信心だったはずが、いつの間にか御大を中心にすえて、御大の語る綺麗事の箴言が教学に変わってしまいました。

創価学会では「永遠の指導者」として牧口・戸田・池田会長を立てていますが、少なくとも教義に一貫性なんてありません。

宗教団体というのであれば、基礎となる教学があって、それを信じ広める組織なんですから、教学がグズグズになったのなら、そこから建て直さなければいけない。

それが僕の考え方です。

組織とは手段に過ぎず、まず教えと目的があって、手段として組織が成り立つはずが、件三名を初めとして多くのアンチが組織を先ずは建て直す事ばかり考えてます。

これこそ本末転倒ではありませんかね?

「彼らは実名公表し、全てを擲って創価学会を取り戻そうとしているんだ!」
「少なくとも行動を起こしているんだから、彼らは評価に値する」

なんて言葉もありますが、僕からしたら表面的な事だけみて、行動を起こしているのは愚の骨頂というもので、なんら評価に値しません。

創価学会で問題になる「取り敢えず戦い、活動することが大事だ!」という指導性で、一体どれだけの人達の思考を奪ってきたのか、その事を理解していない人が、この言葉を語っているのでしょう。

行動だけなんて、なんも偉くないですよ。

という事で、僕は件三名の行う行動も、池田先生の時代に創価学会を戻すという事も、まったく興味もありませんし、それらを見るたびに「もっと本質を見ろよ」と思ってしまいます。

創価学会の改革なんて、そんな事では意味ありませんよ。

【20171213】禅天魔論

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

そういえば四箇の格言について最近、放置をしてました。
前回は「律国賊」でしたが、次が禅天魔ですね。

近年になり、欧米の人は「禅(ZEN)」という事をおしゃれに捉えてますよね。以前に鎌倉に行ったときに、禅宗の寺では参禅の事、また精進料理のメニュー等を用意して、観光客に看板や広告を出していたりしてました。

まあ今や観光の催しモノなんでしょうね。

日本で禅宗といえば、有名な人は鎌倉時代の道元ですね。

道元は、正治2年(1200年)、京都の久我家の生まれだと言います。幼名は信子丸。両親が誰であるかについては諸説あるので明確な事は不明だそうです。
伝記である『建撕記』によれば、3歳で父(通親)を、8歳で母を失って、異母兄である堀川通具の養子になったと言います。

建暦3年(1213年) 比叡山にいる母方の叔父良顕を訪ね、建保2年(1214年) 天台座主公円について出家、仏法房道元と名乗りました。建保3年(1215年) 園城寺(三井寺)の公胤の元で天台教学を修める。建保5年(1217年) 建仁寺にて栄西の弟子・明全に師事。
こうしてみると道元も天台宗で学んだようですので、やはり鎌倉仏教の母体は比叡山延暦寺なのでしょう。

貞応2年(1223年) 明全とともに博多から南宋に渡って諸山を巡り南宋の宝慶1年(1225年)、天童如浄の「身心脱落」の語を聞いて得悟したと言います。
その後、中国曹洞禅の「只管打坐の禅」を如浄から受け継ぎ、曹洞宗禅師の天童如浄より印可を受けたと言います。

安貞2年(1228年) 帰国し、その後、曹洞宗を開きました。

この道元の教説は「只管打坐」といい、ひたすら坐禅するところに悟りが顕現しているというものです。

鎌倉幕府の要人では北条時頼が臨済宗(道元とは別の禅宗)を信奉、自邸を最明寺としていましたが、鎌倉武士の間でもそれなりに禅宗は広がっていた様です。

日蓮が何故、禅宗を「天魔」と呼んだかと言えば、簡単に言うと経典を軽んじ、ひたすら座禅を組んで瞑想に耽る事を述べたからでしょう。

有名な言葉に「教外別伝」というものがあり、それは、仏の教えはと言葉によって伝達された場合もあったが、仏教の真の精髄は言葉によって表現しうるものではないので、心から心へと直接伝達されるとする考え方の事です。禅宗は他の宗派と異なって,仏陀の言葉では表わせない真の精神を受けているものだとしていて「不立文字」という言葉も同様の意味を持ちます。

ただ禅宗に云わせると、そんな単純な事ではないと言う反論もありますが、例えば釈迦が迦葉尊者に華を見せて捻り、それを見た迦葉は微笑したという伝説もあり、そこで何かしら釈迦から迦葉に伝えられたという伝説も禅宗にはあります。

日蓮は天台教学を基礎として、徹底して文証・理証による考察と、そこから導きだされた法華経が最高の経典であるという事を確信していたのですから、それら経典を軽んじる禅宗は当に「天魔」に映ったのかもしれませんね。

さてこの禅宗で求める「座禅」ですが、これは心を静かにして座り、ひたすら自身の内面を見つめるというものですが、昨今の心理学でも言われる様に、この内面を見つめる行為、つまり無意識層へのアプローチというのは、とても注意が必要な様です。

例えばカール・グスタフ・ユングは自身の夢を記録して深層心理の分析を行ってましたが、晩年は精神をかなり病んでいたと言います。
また座禅に取り組む人の中では「魔境」という言葉がありますが、これは瞑想中に神や仏を見たとか、様々な幻視に出くわすことで、人によってはこの体験したことと、現実を混同したり、また執着して生活に混乱を来すという事だそうです。

実は創価学会や法華講でも行う唱題という行為も、「観心」と云うように同様の危険性を秘めていると思います。

ネットの中で元創価学会である法華講員が、お題目を唱えていた時に「虚空会を体験した!」として、自身の行動を全肯定し、他者を罵倒していたりしますが、それなんかはこの「魔境」の類いに入るでしょう。

戸田会長の体験したという虚空会の儀式も、僕から見たら同様な事であり、何も特別な事ではないと考えてますが、創価学会では池田会長が自著の人間革命などて取り上げ、さもそれを創価学会の原点の様に考えていますよね。

要は「禅天魔」とは、自身の考え方に凝り固まり、他者や他の意見、または文献などを軽視して独りよがりな教えに対して「それは天魔の所業だ!」という事なのかもしれませんね。

よくよく考えてみたいものです。

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