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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

このブログについて

想学談林-管理者の部屋

ここは想学談林の管理人がつれづれなるままに書き込んでいるブログです。

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内容は主に日蓮、創価学会、公明党、また時事関係など様々です。
よろしければ読んで見てください。

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よろしくお願い致します。
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【20140227】ネットが気になるか

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

明日で二月が終わります。
いよいよ三月ですね。

最近の会合では、会合内容をSNS等に投稿しないように、注意事項を呼び掛けているそうですね。

よっぽど気にしてるようですね、信濃町界隈は。

こんな話を読んで、ふと思い出したのが、僕が昔からお世話になり、今は故人となったおばさんです。

若い頃には、某幹部(著名な副会長)と同じ組織で男女青年部として活動していた事を誇りにもしていた人ですが、僕が幼稚園の頃に、地元の組織の婦人部との折り合いが悪くなり脱会、その後は法華講へと移ってました。

別に法華講に移ったからといって、僕の家族との交流が無くなったわけでもなく、僕の家にもちょくちょく遊びに来てましたし、僕の母親も前とは何ら変わること無い付き合いをしていました。

僕が創価班になった頃は「頑張ってね」と笑顔で励ましたりもしてくれて、とてもお世話になった人です。

そんなおばさんが、何故、法華講に行ってしまったのか、僕は母親に質問したことがありましたが、要は地元の婦人部幹部て強引な人がいて、その人と大喧嘩になって、前々から組織に不信感を持っていた事もあって脱会、そして法華講に入ったそうです。

まあ今から四十年以上も前では、ネットも無かったろうし、創価学会に疑問を持ったら、情報は得られませんでしたから、受け皿としては法華講しか無かったのでしょう。

そんな僕も今から十数年前に創価学会に疑問を抱きましたが、僕の場合にはネットを介して様々な人に出会うことが出来て、様々な交流を通して知ることもできたので、いまの立場に居ます。

しかしこれは創価学会の信濃町界隈にとっては厄介な事なのでしょう。なにせ情報を統制できないんですからね。

都合悪くなれば、組織の周囲に指示して本人を孤立させれば、昔は本人も何が本当で何が嘘だか解らなくなり孤立。組織の方も単なる「裏切り者」とか「信心無くした退転者」というレッテルを張れば良かったのですが、いまやSNS等で情報交流が頻繁に成されますから、結果として組織側もリスクが大きくなりました。

だから会合等でSNS投稿禁止を訴え、組織内でも事あるたびにネットはデマだらけと吹聴するんでしょう。

無理な話なのに、何を考えているのやら。

あと僕の様なブログを立ち上げていると、監視にも腐心しているようで、以前に某関係者からも、僕のブログが監視対象になってることを教えて貰いました。

暇な人たちですね。
どうやらプロファイルをしているらしいですよ。笑ってしまいます。

ネットには光と影の部分があります。
しかし今の世界ではネットは重要なインフラです。

そこに監視をかけるとは、まったく前時代的な思考をする組織なんだなと、改めて思った次第です。

【20170225】日蓮門下の常なのか

こんにちは( *・ω・)ノ

しっかし創価学会というのは、自分の足を食うのが好きな組織ですね。

僕は未だ何もありませんが、日本各地で査問だなんだと、某掲示板を賑わせています。

過去に山崎正友氏の件があったとき、僕の先輩は誇らしい顔して言ってました。
『池田先生から人を切ったことは無い!」
しかし今の創価学会は、信濃町界隈の意に沿わない人達を調べ、査問し、処分する。
狡猾なのは末端で働き蟻の様に活動する人に見えないように、こそこそやってることですね。

僕の男子部時代の先輩も、役職解任になりましたけどね。理由は総県長が訪問したときに、語気強く文句を言っただけでした。

全くくだらない組織になったもんだと思います。

さて先日まで日蓮の歴史を少し調べていました。

創価学会や日蓮正宗では、「日興上人vs五老僧」という単純な図式で説明し、永遠さんも五老僧を日蓮に対する師敵対の様に語ってましたが、この六老僧の間は、そんな単純な間では無かったようです。

ここからは僕の現在の主観も入りますが、少し語らせてもらいます。

六老僧の筆頭、日昭師は日蓮よりも年長で、天台僧として「権律師」という資格をもった、いわゆる正式な天台僧でした。日蓮も自身の門下に入ったからと云って、その天台僧という立場を捨てろなんて事は言ってません。
またこの日昭師も以外と若い頃は聡明な人物であったようで、今ある説では摂関家にも知遇があり、権律師もかなり短期に取得した優秀な人であったようです。

また富木常忍は下総の官吏であり、日昭師も下総出身。日蓮が立教開宗時には、既に富木常忍と人脈が構築されていた節があり、そこには日昭師の関わりもあったことでしょう。

だから日蓮と日昭師は、いまでいう草々期の協同設立者に近い立場の様に思えます。
この日昭師の周辺グループに日朗師と日頂師がいたようです。

一方の日向師は弁舌巧み、頭脳明晰、しかしどこかお調子者的な処があって、他の五人からは嫌われていた様です。日蓮没時にあっては、その場におらず、しかも阿闍梨でも無かった。墓輪番も日向師と日頂師不在で決められていたようです。

日持師は独立独歩で、他の五人とはあまり関わりを持たず、日興師にも反発を持っていた節もありました。

つまり日昭師の周辺と、独歩の日持師、お調子者の日向師。そこに原理主義者の様に厳格な日興師ですから、こりゃまとまる訳がありませんね。

かくして日蓮門下の中核であった、六老僧は割れてしまったわけです。

また信徒の重鎮である富木常忍や四条金吾も日興門下ではありませんでした。富木常忍に至っては、後に自ら「日常」となり、中山法華経寺を開き、四条金吾も自分で寺を開基しています。

彼らも日興師から見たら裏切り者になるのでしょうか?

思うに日蓮門下で、一番日蓮が残した教えに近いのは、やはり日興門流かもしれませんが、こちらもこちらで分派しましたよね。

重須談所、西山本門寺に京都の上行院(後の要法寺)、あと保田妙本寺も入りますか。

この日興門流で山奥の寺としてあった大石寺ですが、日目師亡き後、凋落の一途で人材まで枯渇、でも自分達の正統性を主張したいから様々な偽書や添書までして、結果として日蓮の真意すら見えなくさせています。

中興の祖と言われる日寛師。
独自の大本尊観や法門解釈をして、時のスーパースターだったのかもしれませんが、やはり基本的な力量が大石寺に無かったので、結果として人材枯渇はあまり変わらなかった。

しかし重須談所で袂を別ちた牧口常三郎氏の入信を切っ掛けとして、後の創価学会との繋がりも出来て急速膨張。そして様々な事があって現在に至るというとこでしょうか。

何を言いたいかと云えば、一時は有能な指導者により勢いがあったとしても、先々は分派し組織がバラバラになるのは、ある意味で世の常です。

創価学会にしても、戸田会長という稀有な指導者の元で膨張し、池田会長が更に加速し膨張して今に至ります。

しかし歴史を見ると、この創価学会とて特別な存在ではなく、いずれは分派しバラバラになって、細かい存在になるでしょう。

今から十五年ほど前に、創価学会として師弟不二を言い出したのは、そういう危機意識があったからであり、だからカリスマ性のある池田会長を中心として結束、そこに組織の権益を守ろうとしたことが、最近になりよく判ります。

そうは云いながら、各地に点在する人材を、陰で処分し続けている姿に、僕は「空腹で自らの足を食べているタコ」を連想するんですよね。

過去に正木(当時)副会長が言っていた台詞が脳裏を過ります。

「過去、幾多の宗教組織が教義論争により、指導者没後に分裂した。」

一昨年前からの教義改正で、図らずも信濃町界隈は組織のなかに火だねとなるものをばら蒔いてしまいました。

そして組織内でコソコソ進めている処分は、これら火種に油を染み込ませているようなモノでしょう。

そこに「永遠の指導者、永眠」となれば、どこかで発火して燃え上がることは「間違いない!」です。

そして燃え上がった時に、末端組織の幹部は果たしてその火を消せるのか?

まあ教学が出来てないので、火消しは無理でしょう。なにせ説得力を持ち合わせていませんからね。

斯くして過去の日蓮門下の様に、またまた分派騒動となっていくのではありませんか?

僕はそう思いますけどね~。

【20170224】脚色物語なんて放置しろ

こんにちは( *・ω・)ノ

何とか今週も終わりと云いながら、実は今日もお客さん先のデータセンターへ行き、深夜作業が待ってます。

今週は当に仕事ウィーク。ゆっくりする暇もありませんが、有りがたいことです。

さて、最近よく新・人間革命という小説で、永遠さんの勇退に関する記事の事が話題になってたりしますよね。まあ一部の人達の間ですが。

第一次宗門問題の時、池田会長は「勇退」して実権のない名誉会長になりました。
僕が男子部に入った頃、この内容を聞いても多くの先輩は「屈辱の歴史だ」というばかりで、詳細については何も教えてもらえず、詳細に聞けたのは広宣部に入ってからでした。

きっかけは「仏教史観を語る」と池田会長が語った事がトリガの様ですが、内実は急速膨張した宗門と、創価学会の上層部の不協和音などが複雑に入り汲んで勃発した事では無いかと、今の僕は考えています。

この「仏教史観を語る」では、在家信徒でも供養を受けられるとか、会館は現代の寺院であるとか、後の創価学会の路線を彷彿とさせる内容が書かれていました。
それに対して宗門内には創価学会の不満が爆発、結果、宗創戦争とも揶揄される争いに発展し、末端組織でも脱会者が続出するという事態に発展したのです。

以前に大白蓮華別冊で「日顕対座要求書」の号では、この当時の執行部の中で池田会長に宗門に対して詫びを入れて欲しいという意見があったことか、書かれていました。

それを聞いた池田会長は、事態の収拾の為に詫びることに同意しましたが「僕に対して詫びさせた君たちは絶対に忘れないからな」と言うような事が書かれてましたよね。

そして彼の「お詫び登山」で池田会長は「形の上」で詫びましたが、本心は詫びていませんでした。この点は大石寺の理境坊住職であり、当時のお詫びの場に立ち会った小川只道師が、宗門内の機関誌で語ってました。
「池田会長は本心から詫びてない」

宗門からもいちゃもん付けられただけならまだしも、その後の創価学会本部からも閉め出されるという異常事態。当時の創価学会本部には北条(当時)副会長、秋谷(当時)副会長、森田氏に青木氏、また現原田会長も居たはずですが、彼らは詫びを入れさせた池田会長を締め出しもしたのです。

創価学会の公式な見解として「次は大作、お前だ!」「三代会長を守れば広宣流布は出来る」と二代戸田会長が言ったとなってますが、多くの戸田門下が何故に池田会長をハブしたのか?

この事は良く良く吟味しなくてはなりません。単純に信濃町界隈は師敵対の輩だったで思考を止める物事ではないのです。

以前に僕は、信濃町界隈をよく知る人から聞いたことがあります。
「池田会長は本部から嫌われているのだ」
またある人から、これは某全国幹部の家族の人から聞きました。
「池田会長は恐ろしい人だ」

榜証の言葉でしかありませんが、人間革命の脚色や、最近になり少しずつ出始めている様々な証言を聞くと、末端組織で教えられている事からは、かなり解離した実像が見えてきます。

振り返ってみれば日蓮の晩年の歴史や、その後の日蓮門下の歴史も、宗門の語る歴史とは異なるモノが多くあることが解ってきました。
要は自分達の正当化の為に、無かった歴史を作り上げ、偽の御書を差し込み、さもそれが正しい歴史であるように体裁を整えてきました。

日蓮の歴史は七百年以上経過してしまい、既に何が本当で何が嘘かの判別すら出来なくなってしまってます。

しかし創価学会はたかだか七十年程度の歴史であり、まだ事実は風化せずに多くが存在しているのです。
だからこそ、冷静な視点で何が本当で行く何が嘘か。そしてその嘘の背景に何があったのかを理解すべきなのです。

そんな時に全国に幾人かいる代筆者の書いた、脚色さらた物語なんて、どうでも良いじゃありませんか。

いま必要なのは「ファクト」です。
そしてそのファクトをしっかりと見つめられる人ではないかと思うのです。

皆さんはどう思われますか?

【20170223】生き方で大事なことは

こんにちは( *・ω・)ノ

考えてみれば来週で二月も終わってしまうんですよね、さすが「逃げる」の二月です。
三月と云えば卒業シーズン。僕も過去に三回の卒業式を経験してきましたが、それぞれに思い出が深い感じがします。

残すところは人生の卒業。
しかしそれまでに為すべき事が山ほどありますね。

さて今日のお題ですが、これは僕が最近特に考えている事について記事にしてみます。

僕は二十歳の頃から「自分自身で仕事を回す人になりたい」と考えていました。要は人から指図をあーだこーだされるより、自分で能動的に仕事に関しては取り組みたいと言うことです。

だから高校卒業時に、大手企業の求人が来てるぞと教師から云われても聞く耳を持たず、専門学校に進学したり。

そんなこんなで四半世紀もとうに過ぎ、気がついたらフリーランスのエンジニアになってました。

周囲の社員の多くは上司の査定という絆にしばられ、ストレスを抱えるなかで、僕の評価は定期的にある契約更新で、契約が更新されるか、されないか。とてもシンプルなもんです。

だから出来ないマネージャーに媚びるよりも、周囲から信頼され結果を出すという事に専念しましたし、その結果、とりあえずここまで来ています。

ただフリーランスなんで、いつ首になるのかわかりません。だから常に自分自身の営業活動にも取り組んでいたりします。

二十歳頃から、今の業界に入り、リストラされた仲間、倒産した中小企業。もう様々見てきましたが、何とかここまで収入について右肩上がりで来る事が出来ましたが、この先は相変わらずの不透明。来年なんて分かりません。

だからたまにとても憂鬱な状態に陥ることもあります。食べ盛りの子供もいますし、嫁もいますからね、安心感なんて感じたことすら無いのです。

フリーランスの宿命でしょうか。

そんな時、いつも思うのが「この暗い気分に引き摺られてはいけない」と気分転換に勤めます。

人生の環境、これは簡単に云えばその人の「心の反映」という事を仏法では説いています。だからネガティブな心に引き摺られると、それは周囲にネガティブな結果を呼び寄せます。

よく創価学会の脱会者で、脱会してから良くないことが連続して起きるとか云うでしょ?あれはこの理屈なんです。

それをまあ創価学会の活動家は「それ、御本尊様の仏罰だ!」なんていう言動もあったりしますが、それはウソ。不幸になるのは本人の問題なんですよ。

「俺は大丈夫!絶対に倒れない!」

こう自分自身を信じて、自分自身を鼓舞することが、とても大事なことではないかと思いますし、それを実践しています。

「自信を持つ」「自分を信じる」という事も、簡単に云えばそういう事なのではないでしょうか?

物事があって、そこに自分の中から沸き上がるネガティブな心の働き。そことどう対峙するのか、それが人生なのかもしれませんね。

その対峙するための一番の武器は「自分への信頼」であり、それを裏打ちするのは自分の持つ信仰観。

最近の僕の考えはそんなかんじですね。

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