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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

このブログについて

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内容は主に日蓮、創価学会、公明党、また時事関係など様々です。
よろしければ読んで見てください。

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【20170327】二乗不成仏について

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

国会の動き、最近では「森友学園」こ事ばかりですね。野党にしたらこの問題を政局化して「政権奪取だ!」なんて考えていたりするのかもしれませんが、今の日本では悲しいかな自民党政権を覆せるだけの政治勢力は無いでしょう。

この森友学園の事では、安倍総理夫人なんかの名前も出ているので、従来であれば大事なんですが、やはり野党にもろくな政治家が居ないことから、安倍内閣の支持率は50パーセントをキープしてますよね。

誰も安倍内閣が良いなんて思ってないのですが、代わりが居ないという日本の政治貧困が、今の日本を支えています。

なんたるちあですなー。

さて今日のお題は「二乗不成仏」です。
これは大乗経典の中にある言葉であり、もともと原始仏教では「阿羅漢果(声聞の最高位)」は、悟りの境涯という感じでした。しかし大乗仏教に於いては、目的が仏を開くことになり、その為には阿羅漢果を得ても大したことなく、逆にこれが障りとなって成仏出来ないという話になってます。

これは仏教の定説の様に僕も昔は思ってましたが、仏教伝播の歴史を学んでみると、これは大乗仏教運動の発生に起因するものであったと思えますが、どうでしょうか。

大乗仏教運動が起きた頃の仏教教団、主流は上座部仏教に言われる出家者たちで、在家は彼らに供養を施す事で徳を積み、仏縁を結ぶという存在でした。やはり成仏を目指すなら出家者となり、そこで修行をして阿羅漢果を先ずは得なければならないと。

そんな感じでしたよね。

しかし一方で、その出家者達は世俗を省みることなく、ひたすら空理空論に没頭していたり、またもしかしたら在家の信徒たちを見下していたりしていたのかもしれません。
まあ今でいう宗教貴族ではありませんが、特権意識は持っていてもおかしくないでしょう。

そんな既成仏教に対するアンチテーゼとして大乗仏教運動がおきたのであれば、当然の事、阿羅漢果を含む二乗に対する風当たりは強くなることが想定できます。

「お前らなんて、空理空論ばかり弄び、人々の幸不幸なんてどこ吹く風だろう?そんな奴らがお釈迦様のいう衆生救済なんて出来るわけねーし!!」

今流に云ったらそんな感じがあったのかもしれません。だから爾前経典と言われる経典なんかでは、その代表格であった釈迦の十大弟子達を釈迦がひたすら弾訶する様な物語になったのではありませんか?

ただし、やはり全ての人々には仏の生命が宿る。そういう大乗の教えを成り立たせる事、しかもそれを劇的に語る為にも、法華経の初めの方で、舎利佛や目連、迦葉と言った十大弟子を始め、多くの弟子達に成仏の記別を与えたという展開にしたのでは無いでしょうか?

仏教歴史を振り返る中で、ふとそんな事を考えてしまいました。

いやね、この「二乗不成仏」という考え方。これが今の創価学会の中でも、よくない風潮を作り出してますよね。何かと言えば、余りにも学ぶという事を軽視する風潮や、あと会員からの意見を軽く見るというのも、実はこの「二乗不成仏」という考え方から来てますよね。

例えば教学。
学んでいても「頭でっかちで信心が解るかよ!」という様な話は組織の随所にあります。理屈を学ぶ前に、ガッチリと活動して体験をする事が大事で、その体験をあくまで補完するのが教学だという感じの指導が、組織内にはまかりとおってませんか?

僕なんて広宣部でしたから、活動に関する組織内指導に対して、御書を通して意見をしたら、当時の先輩方はあからさまに嫌な顔をしてましたよ。
「信心なんて理屈ではねえんだよ!」という感じでね。
「理屈いうなら折伏の結果や新聞啓蒙、選挙で票をもぎ取ってこい!」
これに近いこと、よく言われました。

あともう一つ。組織活動に対する意見もそうでした。
創価学会の時の指導性に合わない理屈を言うと、「めんどくせー奴だな」という雰囲気になることもよくありました。

これらの根底には「二乗不成仏」という言葉があって、要は学ぶことを軽視し、そこから出る意見も、あくまで活動の中で理屈抜きの言葉であれば、組織幹部は聞く耳を持つかもしれませんが、教学的に理論を言っても「二乗根性の強いやつ!めんどくせー!」みたいな扱いになってしまいます。

それが故に、今でも僕が御書や経典を元に、組織の有り様を指摘しても、組織幹部なんて、誰も耳を傾けないし、反論できずに訪問してこなくなりますよ。
そして影ではごちゃごちゃ言ってるみたいですけどね。

しかし最近の組織幹部の話は紋切り型で、上部だけの話をする人も多くなりましたが、これも「学ばなくなった」事の弊害だろうと僕は思ってますよ。

仏法とは本来、演繹法なので、教義の展開はその解釈する人の、仏法の理解度に基づく引き出しの多さに依存すると思いますが、やはり学ばないひとたちは得てして引き出しの数は少ないですし、それこそ紋切り型の言葉に終始してしまいますからね。

「二乗不成仏」

この言葉を安易に使う前に、しっかりと背景と大意を理解して欲しいものだと思いますよ。

【20170326】仏教とは過去の先達たちの賜物

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

この週末は風邪を引いてしまい、倒れてました。やはり歳のせいなのかと思いつつ、若い頃のような無理は難しくなってきていることを感じてます。

だから本サイトの更新とか、あまり出来ておらず、頭のなかでは様々な事が駆け巡ってました。

そんな中、仏教の歴史を調べてましたが、釈迦の説き残した教えが日本に至るまでの間、かなり紆余曲折があったこと、再度確認できました。

釈迦の説いた仏教は「原始仏教」と今では呼ばれ、その内容は僕から考えたら「小乗仏教」がとても近いものでした。
そしてそれは釈迦滅後、百年ほど経過する中で様々な解釈の変化があって「部派仏教」と言われる分裂を引き起こします。これが上座部と大衆部というもので、上座部の一部は今の時代ではタイやスリランカ、またミャンマーなどに伝わってます。

この段階ではまだ小乗教だ大乗教だといつ様な大きな立て分けはなく、阿育王の時代には第三回の経典結集などが行われ、仏教は隆盛期に入ります。この時代にパーリ語の経典や、いわゆる梵字による経典も成立しました。それまではあくまで口承文化だったんですよね。

その後、紀元前後に「大乗仏教運動」が起こりますが、この大きな要因は、当時の仏教界の硬直化であり、人々を御座なりにした形式主義に凝り固まった事でした。

この大乗仏教運動の根本には「ジャータカ伝説」というモノがあり、これは有名な雪山童子の話や薩沱王子の説話が納められた説話で、これにより「出家者でなくても、行いによって仏になれる」という思想も形成され、仏という存在も大きく変化したそうです。

そして大乗経典である般若経典の中で、当時の上座部仏教に対する批判と、自分達の新たな仏教との差別化の為に「大乗」と「小乗」という言葉も生まれたとの事でした。

この後も、所謂「北伝仏教(大乗仏教)」は中央アジアから中国に伝播する中で、様々な変化を経て、中国では土着の墨家思想(道教)の思想も混入して、日本に伝わったという事になります。

法華経においても大乗仏教運動の中で成立し、そこからインドやチベットへも伝播が確認されていますが、やはり原始仏教には無い経典であり、人々の中から紡ぎ出された経典と言っても良いでしょう。

この様に俯瞰してみると、やはり仏教という宗教は、様々な人々の間で常に変化と発展を繰り返しながら伝播してきた教えだと云うのが解ります。

世界的に見ると、仏教徒は三億八千万人の信徒がいるらしいのですが、キリスト教に至っては二十二億人なので、やく六倍の差があるんですね。
またやはり仏教は、東洋哲学らしく、教えとしては内省的なモノであって、キリストやイスラムに比べて「小難しい」宗教でもあるようです。

そんな事を理解すると、過去に創価学会の元理事長が「すべての宗教は教義論争で分裂した」と云い、「師弟不二」を提唱して教義論争を封じ込めようとしたというのが、如何にも稚拙な事であったのか、理解できます。

その行為は仏教の流れを阻害するものでしかありませんし、それを提唱した時点で創価学会としての仏教運動は終わったも同然でしょう。

そんな創価学会を「昔の姿を取り戻そう」なんてやっていても、議論その者が仏教とは関係の無い、日本固有の浪花節の師弟論なんですから、情けない限りですね。

「日蓮が慈悲広大ならば云々」は日蓮の言葉であり、その日蓮も仏教の思想の流れのなかにいた大先達です。その後を承けるのであれば、やはり学ぶべきものは学びながら、進まなければいかんでしょう。

そんな事を考えたりしました。

【20170323】創価学会活動家の政治意識

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

昨日は何とか乗り気って、今日はまたまた説明会。直行で会場に向かってます。

ところで最近は「共謀罪」という事でいろいろ騒がしいですが、先の「秘密保護法」や「安保法制」等も、他の国では同様な法律がある場合もあります。なにも日本だけという事ではありません。

僕が考えるこの問題の核心は、国民の意識をお座なりにして政府が先に進んでしまっていることでしょう。良いとか悪いとかではなくですが。

例えば今の日本、国際的にはスパイ天国というのが常識です。国家の秘密なんてどこ吹く風です。
また武力として軍隊を持てば、軍事機密等もありますが、日本には自衛隊はあれど軍はありません。

そもそも軍と自衛隊の違いを答えられる人がどれだけいますか?

簡単に言えば、そういう「外交や戦争、そして国家」の核心部分を日本人はアメリカに依存し、その下での平和の世界を七十年間以上生きてきてしまいました。

一方、政府は否が応でも国際社会の中の日本として動かなければならない。この政府と国民のギャップを少しでも縮めないと、本当の国論はできないでしょう。

近代史も学んでませんしね、日本人は。

さて本題です。
この話題の共謀罪に関係して、牧口会長の獄死した事にかけて、公明党や創価学会を非難し、学会員は怒るべきとかいう話。また創価学会の中では公明党に対する不満が溜まり始めているという話が、あちらこちらにありますが、少なくとも僕の地元ではそんな話は聞いたことがありません。

どこだ辺の活動家幹部に、こういった危機感や不満があるのでしょう。

確かに地区部長や支部長といった現場幹部の中の極一部に、今の政治や公明党に対して危機感を持ったり不安感を持つ人も居るでしょう。極一部にね。

でも大半はというと、そんな事は考えてもいません。そんな事よりこの夏の東京都議会議員選挙や折伏の事で頭が一杯でしょう。中には衆議院の解散総選挙を恐れている人もいます。

選挙は大変ですからね~。

創価学会の活動家幹部は、選挙と政治は別物なんです。

確かに政治の動きに不満を漏らし、一家言を持つ人も居ますが、そういう人が公明党を支援しなくなるかと言えば、それはなく、選挙の「戦い」となれば公明党の票獲得に走り回ります。

だって票を取ることが信仰活動なんです。
創価学会の活動家にとって、選挙と政治は別物なんですよ。

だから今の政治や公明党に不満があっても、いざ選挙となれば知人の家を訪問し、また電話をかけて公明党の票を集め、その活動を座談会などて報告し、みなで喜び合いながら功徳を貰おうと頑張るわけです。

まあ世間の人達には理解出来ない感覚かも知れませんが、創価学会の信仰とはそんなものなんです。

だから自民党は創価学会をして「集票マシーン」と呼び、ある意味で冷徹な信濃町界隈は、そういった信仰により、己が権益を守れるわけです。

だから共謀罪とか安保法制とかに、平和組織だ何だと呼んで、創価学会や公明党に期待するのは大きな間違いなんですよ。

あと一つ。
牧口会長が獄死したのを如何にも反権威・権力で平和活動の為に亡くなったという雰囲気もありますが、これは間違いです。

確かに牧口会長は国家の平和と安定を求めていたかもしれませんが、それは大石寺に伝わる三大秘法と大本尊によって実現出きると信じたので、その大石寺の教えに基づき神札を拒否するばかりか、破却を行った結果、不敬罪となりました。

当時の大石寺は、そこはそこ、建前と本音があったので神札を承けたのですが、牧口会長は真面目に信じたので獄死してしまいました。

それだけの事で、それを歴史的に祭り上げてきたのは創価学会の信濃町界隈です。
だから今の共謀罪なんかも、信濃町界隈にとってはどーでも良いことだし、信濃町界隈がそうだから、それの指導で信仰している創価学会の活動家も、なんら考えもしないのです。

こういったカラクリを理解して欲しいものですね。

だから創価学会に政治の事を求めたりしないでくださいね。
以上、本日の記事はここまで。

【20170322】広宣流布の見直し時期

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

昨日は夜中の23時までお客様先のデータセンターに篭り作業。帰宅したのは午前様。
今日はこれから社内のシステム説明会。
システムの一部を更改したので、全国の営業拠点と電話会議で説明せないかんとです。

全くもって疲れる仕事。
でも給料分の働きはしないといなんので、会議する拠点に移動中です。

あ~鼻ホジルだけで給料貰える仕事は無いもんですかね。

さて今日のお題。
件三名のブログもそうだし、某掲示板の議論もそうですが、今の創価学会では全てに於て「池田哲学」という、実態の無い論理で議論してますよね。

思うに池田哲学の中心的な考え方は「人間主義」であり、それに基づいた平和主義でもあるわけです。そしてその根っこには日蓮仏法を置いていますが、実際に日蓮仏法をどれだけ理解して構築しているのか、そこが大きな疑問です。

まあ過去の言葉はとても綺麗な箴言に飾られてますので、これこそ現時の正法とか、絶対正義なんて誤解している人が多くても不思議ではありません。

でもいい加減に気付かなくてはいけない時期に来ているのでは無いでしょうか?

日蓮は御書の中で以下の様に語っています。

「夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし国主に失ありと云う事を鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主小禍のある時は天鏡に小災見ゆ今の大災は当に知るべし大禍ありと云う事を」
(法蓮抄)


この御書は過去にも引用した事、幾度かなのですが、再度、語らせてもらいます。

日蓮の思想では、国やそこに住む民が災いに巻き込まれ苦しむ根本には「正法を蔑ろにして悪法を信じているから」と考えていました。
だから立正安国論で時の幕府を諌暁した訳です。

そこで日蓮が確立しようとしたのは、自分の宗派ではなく、法華経を中心とした仏教の統合であり、その法華経も釈迦が説いて当時の人々が理解していたモノではなく、御題目を中心とした、より法華経の核心に近い考え方を指していました。

よく「文底秘沈」なんて難しい言葉が使われ、さも難信難解で普通の人には理解できない不可思議な教えの様に捉えられますが、要は法華経の文字面の事ではなく、その文字面が表現している事柄を文底と云うのでしょう。

日蓮が著した「生死一大事血脈抄」。これは日蓮の持つ血脈観を述べたものですが、この御書は最蓮房という元天台僧から「血脈」について問われた事についての日蓮の解答です。

天台宗では「法灯連綿」と何か不可思議で、我々が預かり知らないモノとして血脈が語られていたのに対し、日蓮の持つ血脈観は簡単なものでした。

法華経と教主釈尊と私達はなんら変わることの無い存在だと信じて御題目を唱える事が血脈なのである。

とてもシンプルだと思いませんか?
日蓮の説いた教えというのは、ある意味でとてもシンプルなものであったのかもしれません。

しかしこの日蓮の教えも時間と伴に変質してしまい、今の時代では中々掘り出すことが困難です。

そんな中、創価学会では牧口会長や戸田会長、そして池田会長の三代が、大石寺教学の中から、その日蓮の教えをほっくり返して、大きな大衆運動として戦後に広げました。そしてその結果が、今の創価学会なんですね。

しかし戦後七十年。実践してきた結果はどうですか?

東日本大震災で二万人以上の国民が亡くなり、福島第一原発の事故で放射性物質は日本に止まらず世界に拡散。いまだその拡散を止められてませんよね。
また国内では社会のセーフティネットが機能不全に陥り、貧困格差は広がる一方。
また過去の亡霊の様な国粋主義の萌芽が見え始めているなか、人々は何ら有効な手だてを講じられない状況です。

一方、世界を見渡すとグローバリズム化は頓挫して、あちらこちらに保護主義が活発化してきています。

まあ創価学会の教えがどうとかで、この世界が変わるというのはありませんが、少なくとも公明党を介して創価学会は日本の政治に関与してるんですから、完全に無責任とは言えません。

であるならば、自分達がやって来た大衆運動としての広宣流布はどうだったのか、そろそろ検証しても良いのではありませんか?

これは単に運動内容だけでなく、それを支えた創価学会の思想。ひいては池田会長の言動と伴に「池田哲学」とやらの思想性についてもです。

「池田先生はこの様に云われていた」
「池田先生のお言葉に反している」
「池田先生のお心が解ってない」
「今こそ本門の弟子たちの戦う時である」

もうやめろっつーの。
その池田哲学が招いたモノが、今の創価学会であり公明党なんだと、そろそろ理解すべきでしょ?

そしてその思想が信濃町界隈を産み出し、日本各地で下らん査問だ処分だやってるわけでしょ?

これだけ創価学会という組織や、日本国内の混乱を招いているんだから、いい加減に「庶民の王者」と自称するような爺さん言葉から目覚めなければあかんでしょ。

日蓮の説いた教えはどうだったのか。
その志とはどんな事だったのか。
大石寺が伝えてきたと云う内容はどうだったのか、それを牧口会長や戸田会長婆どの様な事から、何を中心に創価学会を作ったのか。

そして池田会長の行動はどうだったのか。

考えなければならんことは、山ほどあるはずです。

そろそろ「師弟不二の弟子ごっこ」を卒業して、「哲人」としての行動をとるべきではありませんか?

ほーんと、そんな事を感じますよ。

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