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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   
カテゴリー「未選択」の記事一覧

【20170601】宗門と信濃町は相似型だな

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

六月になりました。
近所の小路では紫陽花が咲き始め、間もなく梅雨入りを感じさせたりします。
本当に四季の移り変わりには心が動かされますね、どんな事があろうと、四季の移り変わりは淡々とやってきます。
人生の生き方についても、この動きかたを見習いたいものですね。

さて、僕が創価班広宣部を経験していたことは、このブログの随所に書きました。それを見た人のなかには「役立たず広宣部出身者」と揶揄される事もありますが、それはしごくごもっともな意見です。

平成三年辺りから広宣部をやっていた人達は、当時の宗門内に蔓延る「宗教貴族」の有り様を徹底して責めていました。

「日顕夫人のブランド品のホホホ買い」
「夜な夜な高級クラブに通う坊主たち」
「浄財供養に寄生する宗教貴族」

当時、表向きはこの宗門のあきれ返る行状を徹底して責めぬき、宗内に巣食う悪を根絶するんだと言ってましたが、そこにある本質は宗門を対象として、創価学会の中に巣食う極悪との戦いだと僕はある先輩から教わりました。

当時の宗門には(まあ今も変わらないと思いますが)寺族がいて代々坊主がいて、閨閥があって、彼らは供養の富を独占し、信徒を見下しながら好き勝手にしているという状態でした。

実際に僕の地元の正宗寺院も、その閨閥の関係する坊主が住職となり、夜な夜な近所のクラブに帽子をかぶり通ってましたし、そこそこ豪奢な生活もしていました。

たまに本堂で題目を唱えていたら「お前らうるせーぞ!」と所化から怒鳴られたりもしたりして。一体彼らにとって信仰とは何なのかを考えさせられたものです。

要は信徒は「金蔓(かねづる)」だったのでしょう。

広宣部の活動には賛否様々ありますが、眼前でそういう宗門の体質と対峙したことは、僕にとって貴重な経験でもありました。

さてそれから早いもので四半世紀が経過しまして、今の宗門はお金があると言っても以前の様な羽振りは無く、都市部では未だしも地方に行けば本当に少欲知足の生活を余儀なくされている寺も多くなったようです。

一方の創価学会はと言えば、これがまた代々職員が居たりして。先日の正木某の人事で露見したのは信濃町界隈の学閥争い。まあ唸るほどお金があり、たち悪いことに政治にまで絡んでますから、以前の宗門よりたち悪い姿になりましたよね。

本来、過去に広宣部活動をしていれば、今の創価学会、いや信濃町界隈のおかしさには充分気がつくはずですが、その広宣部出身者の多くが末端組織で地区部長だ支部長だをやりながら、今の信濃町界隈の行状には何ら関心を持たないばかりか、危機感すら持ってません。

だから役立たずの広宣部と揶揄されるのでしょうが、これは本当に僕も不思議でなりません。

僕なんて役職打診受けたとき、その様々な問題点を指摘して、それに対して無闇な活動を煽ることはしないと言ったら「じゃあやらなくて良い」と言われてしまいました。因みにその「やらなくて良い」と言った先輩も広宣部出身者でしたけどね。

本当は広宣部を通して問題点を理解していれば、今の様なおかしな打ち出しに唯々諾々と従える筈は無いのですが、そういう事は忘れてしまったのか?

ある地元の広宣部出身の圏幹部は言いました。
「おかしいとは思うが僕の立場では言えないんだ」
だったら立場を捨てれば良いじゃないですか、何を役職に拘りしがみつく必要があるのか、僕には理解出来ませんでした。

僕の地元を見ると、親が職員でその子供も中途採用で関連外郭団体に就職したり、創価大学から職員になったりしてますし、結婚した相方も元本部職員で、その両親も本部職員。

また外郭団体や本部職員の家庭は得てして大きな家にすみ子沢山。そして子供たちは私立系の学校に通学していて、地元の公立学校には通ってません。

何か事あると偉そうに、彼ら職員や外郭団体の幹部連中は、壇上から「指導」を垂れ流してますが、その指導を受ける会員の多くは個人事業主であったり、中小零細企業に勤務していたり、場合によっては生活保護や年金で、公営団地に住みながら、信仰の理想を語り必死に生きてます。

この姿、将に過去の宗門と同じですよ。いや、、、宗門より規模が大きくて範囲も広いからたち悪いですね。

この二つの相似型。
気がつけよと言いたい所ですが、誰も聞く耳持たず。また過去に広宣部やってた幹部もおおかたその件は考えてもいませんね。

まあ考えても、いざ行動すれば査問や処分が待ってますから、しょーがないですかねー。
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【20170531】師匠の責任について

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

昨年の「安保法案」、また最近では「共謀罪」と、振り返ってみたら安倍政権はいままで歴代の内閣がやったことない様な法案を通してます。
安倍総理の祖父は岸信介氏。かの人は「昭和の妖怪」と揶揄される程の人でしたが、いまの安倍総理はその位置を意識しているのでしょうか?
岸信介氏は創価学会の第二代の戸田会長とは昵懇の仲でした。実現こそしませんでしたが、大石寺大講堂落慶法要に戸田会長は招待しましたが、結果としてか叶いませんでした。しかし時の総理大臣を呼ぶことが出来るという事に、その繋がりの強さを感じてしまいます。
一方の安倍総理。池田会長の子息である故・城久氏とは学友であったと聞いています。そして今、安倍政権の強力な政治基盤の一つとして創価学会は存在します。

この両者の関係を考えてみると、創価学会が内向きに述べている事や、何故、これだけ政治に深く関わるのかも、ちょっと解る気がしませんか?

さて、僕が分県幹部の時、金城会という謂わば「池田会長のボディーガード組織」で一般活動家から募集がありました。通常、金城会は「一本釣り」と呼ばれる人脈を介して募集があるのですが、どういう訳か当時は組織内に「いいメンバーがいたら推薦する様に」という通達があり、分県内で探した事がありました。

この金城会という組織、通常は「マル金」と言いますが、とても特異な組織です、
池田会長の指示であれば、全国男子部長にも膝蹴りを入れ、総県や総々県幹部であってもアゴで使います。得てして組織内では役職が班長とか副部長クラスが多いのですが、例えば暴漢が池田会長を襲う事が有れば、身を呈して身代わりに刺殺されても厭わないという人達ばかり。また任務も池田会長の行動に関わることなので、家族にも行き先や期間を教えないという徹底ぶりでした。

僕が分県幹部の時に、この金城会の幹部と話す機会があり、そこで以下の池田会長の金城会での指導を聞きました。

「もし創価学会が人間を抑圧する組織になったのであれば、私は創価学会を解散する」

この当時、金城会の人はこの言葉を通して自身が命懸けで守る師匠を本当に尊敬してました。池田会長こそが人間主義の指導者であり、だから自分の命を懸けて守る価値があるんだと。

さて翻り現在の創価学会、どうなんでしょうね~。

各地では査問や処分が組織の見えないところで実施され、信濃町界隈の意見に合わない人物を始末する様な組織。また会員を自分達の飯の種として扱い、自分達の既得権益を守るために活動させ、その為に四半世紀に亘り「師弟不二」を浸透させ、会員活動家の思考能力を削いできました。

既に人間を抑圧する組織に充分成り下がったいると思うんですけどね。

もう池田会長の「遺言」通りに解散しても良いかと思いますが、存命中の池田会長を筆頭に、そんな動きは全くありません。

この状況、師匠と呼ばれる池田会長の責任はどうなんでしょうか?

多くの活動家幹部は今の都議選を始めとした各種の投票活動・集票活動は日蓮に連なる仏法の修行だと信じ込んでいますが、その根底には池田会長の数多くのスピーチや綺麗事の箴言に基づいての事です。

また今の信濃町界隈がおかしい!正常な創価学会に戻さなくてはいけないと主張し、査問や処分を受けている人達の拠り所も、同じく池田会長の数多くのスピーチや綺麗事の箴言ですね。

要は同じ「池田哲学」の元で、今の創価学会は股裂き状態にあると言っても良く、まあこれは解釈問題にもあたるかもしれません。

問題なのはその発信者である池田会長が存命中にも関わらず、この事に一切の発言をしていないこと。そこですね。

これは会員に対してもそうですが、安保法制の時に彼の平和学者であるガルトゥング博士の公開質問状にも回答を未だにしてません。要は既に死に体状態なんでしょうか。

昨年の三月の学園生の卒業式には電話回線で声のメッセージを述べたと言いますが、あまりの滑舌の悪さで博正氏の「通訳」が必要なほどであったと聞いています。

でも発言出来たんじゃん。
だったらもっと大事なことにも発言しろよと思ったのは僕だけでしょうか。

「故道善御房は師匠にておはしまししかども法華経の故に地頭におそれ給いて心中には不便とおぼしつらめども外にはかたきのやうににくみ給いぬ、後にはすこし信じ給いたるやうにきこへしかども臨終にはいかにやおはしけむおぼつかなし地獄まではよもおはせじ又生死をはなるる事はあるべしともおぼへず中有にやただよひましますらむとなげかし」
(本尊問答抄)

日蓮は自身の師匠をよく分析し、理解していました。そしてその上で報恩を感じていましたよね。では今の創価学会の中で、どれだけの人達が池田会長の実像を理解しているのでしょうか。

恐らく今の組織の股裂き状態も、この池田会長を始めとした「永遠の指導者」に関する実像を見直すという動きがでれば、それはそれで改善する方向に行くとは思うんですけどね。

いや、それで全てが解決するとか言いません。しかし組織が少しでも健在化する兆しにはなれるかと思うのです。

今の創価学会に育て上げたのも池田会長、信濃町界隈の中枢を形作ったのも池田会長。公明党も池田会長。

だから単に讚美するとか、その人間像に陶酔依存するとかではなく、しっかりとした指導者としての責任についても考えるべきではありませんか?

多くの人達が創価学会の中から、おかしいと声を上げ始めていますが、そこに関してはまだまだですね。

【20170526】ガンダーラの今に思う

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

仕事が終わって家に帰り、最近ではYouTubeで音楽を聴いて心を解きほぐす事があります。
昔ならばCDを購入しなければ聴けなかった音楽も、結構これで事足りるんですから、良い時代になったともいうのでしょうが、音楽業界は大変なんでしょうね。

さてそんな中、僕が小学生の頃に聞いたゴダイゴの歌で「ガンダーラ」を聞いたとき、少し考えたことを今回は記事にします。

ガンダーラとは紀元前六世紀から十一世紀ころまで反映した王国で、場所的にはアフガニスタンのカンダハル近辺だと言われています。

紀元百年頃には、この辺りにはアレキサンダー大王の東征もあって、ギリシャ人の流れを受けた国があったようで、そのギリシャの文化と仏教という思想が出会うことで、仏像というのが出来たと言われています。

丁度、このガンダーラ文化が華やかなりし頃、「ミリンダ王の問い」という、当時の部派仏教の長老と、ギリシャ人の王との対話も行われました。

後の唐の僧侶、玄奘三蔵もこのガンダーラ近辺を訪れたと思いますし、それが後に「西遊記」という中国の活劇物語にもなったのでしょう。

インド(現在のネパール近辺)で釈迦により発生した仏教は、その後、スリランカを経てミャンマーやタイ方面に展開し、一般的に云われる南伝仏教となり、それは現在も人々の中に生き続けています。

またパミール方面から中央アジアを経て、中国へ展開したのは北伝仏教として、東アジアの中に生きています。こちらの流れの中に日本も有るわけですね。

ちょっと亜流かも知れませんが、チベット方面に伝播し、そこにあったボン教と融合したものはチベット仏教として、チベットからモンゴル方面に伝播しました。

しかし発祥の地であるインドや、その流れの中で一時期は大きく花開いた場所のパキスタンやアフガニスタンはどうかと言えば、今ではイスラム教が根を張ったり、ヒンズー教が主流になり、特にイスラム教が広まっているカンダハル(昔のガンダーラ地方)は、族長社会でもあり、タリバンとアメリカが紛争している戦場と化して荒廃してます。

素で思うのは、元々インドはバラモン教の社会でありカースト制度も根深く残っている事から、仏教は根付きませんでした。
しかし南伝仏教に至っては、国教扱いでもあり、人々の中に深く根差した信仰として生きています。

一方の北伝仏教はというと、パキスタンやアフガニスタンでは既に消え失せて久しく、中国に置いても形骸化していますし、日本に於いては形こそ残ってますが、葬式仏教と云われ、けして人々の中に根付いているとも言えません。
韓国に至ってはカソリックが盛んですからね~。

何故、南伝仏教は残り、北伝仏教は形骸化して消え失せる事が起きたんでしょうか?

これは一つの個人的な仮説なんですが、大乗仏教が発生する土壌に一つの原因を求めることは出来ないですかね?

元々は釈迦が説いた仏教とは、今でいう大乗仏教ではありませんでした。まあ中に大乗仏教的な思想は包含されていたと思いますが、基本的には南伝仏教にその原型は見える様にも思えます。

一方の大乗仏教ですが、その発生の切っ掛けは、信者と指導者足る僧侶の間の不信感だと思います。それは仏教の専門家として振る舞うのは良いのですが、そこに人々の思いは存在せず、教団内部へと宗教者たちは向かい、人々と向かい合おうとしなかった。
そういう出家者達の姿勢に対するアンチテーゼから大乗仏教は始まり、そこに裏付けとしてジャータカ伝説の様な、釈迦が説き残したという過去世過去仏の話から、大乗仏教として発生したという事。

つまり僧侶と在家の精神的な亀裂から発生したのが大乗仏教なので、やはり外敵(ここで言えばイスラム教など)が入ってきたときに、それらを弾き出し、また時には融合するなどの事を行うことができず、結果としては滅んでしまった。

そういう事は考えられないですか?
まあ個人的な戯れ言なんで、あまり深読みされてもなんなんですけどね。

以前にバーミャンの大仏がタリバンにより破壊された映像が公開されました。何故にかのガンダーラで仏教は衰退してしまったのか。
そこは良く良く考えなくてはいけないかと思いました。

「そこーにゆーけばー、どーんーな夢もー、かーなーうとーいうよー」

そこは既に荒廃と戦場、何か寂しいものですね。

【20170519】創価のいう反逆者の系譜

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今日は暑くなるそうですが、僕はスーツの上着をまだ着ています。
職場においても衣替えはされているんですが、なかなかそうはいかない事情もあったりで。

処で今の僕は日興門流と六老僧について、あれやこれやの文献を読んでます。
歴史というのは宗史もそうですが、後世に形作られたものであり、教えられた事が事実であるか解らない処もあるからです。

ネットの発言等を見ていると、日蓮門流では組織に不都合な事には直ぐに「忘恩の輩」とか「裏切り者」と言った発言が多く、これは恐らく創価学会の影響が大きいからでしょう。

またそれらの先例を示す事として、日蓮門下の六老僧の「五一相対」を取り上げるのは日興門流の流れですが、果たしてそんな単純なモノなのか。

日蓮の門下や門徒は多くいます。
その中で日興門流は六老僧の中では主流ともいうほど人材がいましたが、残念な事に内紛が目立ち、日興師無き後、分裂した事は否めません。

また日興門流では自身が正統であり、他五老僧達の流派は日蓮の真意を理解せずにいると評価してますが、考えてみたら日蓮の直系でも例えば大旦那の冨木常忍は日興師の元には馳せ参じてませんし、四条金吾や池上兄弟も然りですが、彼らも他の五老僧同様に「所破」の対象なのでしょうか?

いま僕が読んでいるのは「五人所破抄」ですが、これは日興師の晩年に、弟子の日順が草稿したものですね。

読んでみると、五人(五老僧)と自身の考え方や捉え方の違いを明確化した物なのですが、これを草稿した当時は既に五老僧は存命しておらず、六老僧では日興師ただ一人が存命した中で起草されてます。この事から僕は何か「後だしジャンケン」という感じが否めないです。

五老僧本人が居なければ反論も出来ないでしょうに。

創価学会の活動家の頃には、それこそ五人は日蓮の真意を理解できなかった「不出来な弟子達」と思ってましたが、それぞれの生きた内容を知ると、そんな「五一相対」等と言った単純な事ではないのが理解できました。

日昭師は日蓮の下に来たときには天台僧の「権律師」を得た僧侶。下総の出身と言うこともあり日蓮と冨木常忍を引き合わせた可能性もありますし、その天台僧という立場で何かと日蓮をサポートしたのかもしれません。日郎師はその日昭師の甥に当たります。日興師は駿河実相寺で門下となり、日向師は頭脳明晰弁舌巧みでしたが、六老僧の中では軽く見られていたようです。(日蓮の墓輪番は日向師や日頂師が居ない席で決められた)
日持師は日興師と反りが会わなく、結果として樺太から大陸へ行き、日頂師は父親から感動されて日興師の下に入りました。

こう見ると、それぞれが日蓮の下でそれぞれの人生を生きたんですよね。この「五人所破抄」は日興師の弟子の日順が起草してますが、もしこれが日興師本人が書いたのであれば、もしかしたら内容も少し違ったモノになっていたかもしれません。

まあ日興師も校閲したのですが、この書が出来たのは死去する五年前、当時としてはかなり高齢の時ですからね。

これは創価学会にも言えることでしょう。
例えば牧口会長の後は戸田会長でした。そして「人間革命」では矢島氏を始め、牧口門下の事を牧口会長を裏切った人達と書いていますが、実際にはそれぞれに物語があり、生きて最後まで留置されていたのは戸田会長だけではなく、後の理事長となった矢島氏も居たわけです。しかしこれは創価学会の正史に残ってませんね。

また戸田門下でも池田会長が戸田会長の筆頭となってますが、石田氏の事は詳細が残されておらず「裏切り者」「不詳の弟子」の様に言われてます。
また信濃町界隈のドン的に復活した秋谷前会長は、戸田会長から「城永」と名前を頂いてましたが、それを封印されてます。
また国会にも呼び出され対応し、会長も突然下ろされた事を、どの様に考えているのか。

竹入氏や矢野氏、原島氏を始め多くの戸田門下が池田会長の時代に不知恩とか裏切り者のレッテルを貼られましたが、それってどうなんでしょうか?

また原田会長なんて今では池田門下の筆頭の様な姿をしてますが、元々は戸田門下の一人であったとおもいますが、そんな事はおくびにも見せてません。

福島源次郎や山崎正友はどうだったんでしょうね。

こんな事を書くと、信濃町界隈を正当化するのか、とか言われそうですが、そんな正しいとか間違いとかをここで論じるモノではありません。
ただ忘れてはならないのが、これらの人々は自分自身の人生を生きているという事実で、そこには表に見えない様々な物語があるという事です。

だから組織に不都合になったとか、組織をおかしくしたからとかで、極悪とか不知恩とか言って、単に責め立てても意味無いのではありませんか?

一つ興味深い話をします。
法華経で「悪人成仏」と「女人成仏」を解いている「提婆達多品」ですが、実は初期の法華経には入ってなかったそうです。これはどこかのタイミングで法華経に入り込んだ可能性があることが、最近になって解ってきました。

また仏教教団の一つには提婆達多教団というのが、存在したらしいという話も最近になり見えてきたようです。

つまるところ、組織に都合が悪いから「不知恩」とか「裏切り者」とか「極悪」とかレッテルをはるのは良いですが、それによって見えなくなる事も多くあるという事実をまずは認識すべきですね。

「極悪は未来永劫許すな!徹底して責め抜くことが極善となる!」

池田哲学にはこんな言葉がありますが、それってどうなんでしょうか?
そもそも釈迦はそんな事を言うてもおらんしね。

単に裏切り者とか言う前に、それぞれの事に思いを巡らしてはいかがでしょうか?

【20170517】師弟原理主義とは

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

昨日の晩、自宅に帰りテレビを何気なく見ていたら、五十歳代はもう無理が利かないからという話がありました。

自分も五十歳代になり思うのは、全くその通りという事で、夜更かしは出来なくなったし、疲れは中々取れないしと、四十代に比べ「老い」という事を実感しています。

頭の中身は二十歳代と変わってないんですけどね。

それはともかく。
最近思うのは創価学会の中には「師弟原理主義」とも云うべき方々が多く見受けられます。

僕の所にもちょくちょくメール等があり、そこで云われる言葉は「貴方は誰の弟子なのですか?」という事です。

「僕は多くの師匠とも云うべき人を得ています。それは仕事上でも居ますし、私生活でも居ますよ。池田会長はまごう事なき人生の師匠の一人ですが」

僕の答えはこんな感じです。
人生生きていくなかで尊敬に値する人物とは相手の年齢に係わらず多くいます。またそういう人から多くを学びたいというのが人の常であり、そこから考えれば師弟関係とは人間として当然あるべき関係性の1つです。

人間ですから万能で完璧な存在なんてあり得ません。良き処は学び、悪いところは反面教師として考えていけば良いと思うので、まあ有り体に言えば師匠とは思っても、それにひれ伏すなんて事はあり得ないのです。

この師弟観というのは、社会一般でも通じると思うのですが、どうも宗教の師弟になると、これがまあややこしく成っていくようですね。

宗教というのは人間に取ってウィークポイント(弱点)でもあります。どの様に理性的な人であっても、自身の信仰の元となる宗教に関しては、ほぼ無条件に受け入れてしまいます。アメリカでカソリック教徒が大統領になりずらいのは、バチカンの影響を受けるのを避けるという理由もあるほど、宗教とは人間に対して影響力を持つものです。
故にその宗教上の師弟関係になると、先に挙げた社会一般での師弟観とは異なり、その師匠に完全にひれ伏すという師弟関係が出来上がってしまう傾向があるのです。

ひれ伏すだけならまだしも、その師匠と定めた人間の思想を無条件に受け入れ、それに従順たろうとし、その思想を体現しようと自分のみならず周囲にも同質な事を無意識に要求する。こんな人物を僕は師弟原理主義者と呼んでいます。

人間ですから宗教指導者であったとしても、やはり表もあれば裏もあります。

そこは自身の知慧を元に選別し、良き処を自身の人生の糧にすれば良いのですが、この原理主義者の特性は、この人間の表と裏という事について「師匠はそんな人ではない」と理解しようとせず、師匠は完全無繆だと誤解しています。だからその宗教の師匠の言葉は何でもかんでも受け入れてしまいます。

そこには人間の特性である知慧の姿はありません。

因みに日蓮はどうだったのか?
師匠の道善房の人間性をしっかりと理解して、批判すべき処はしっかりと批判しながら人としての誠は貫いています。

しかし昨今の創価学会に見受けられる「師弟不二」を振りかざす師弟原理主義者は、池田会長の事は批判せず、ひたすら受容する事に勤めているだけで、理解はしていないですよね。

要は「池田会長の箴言のスピーカー」かもしれませんが、「思想の語り部」に成ってないのです。

まあ人の思想を自身の中の思想構築の糧にする事は、とてもエネルギーが必要なので、そんな事はせずに丸暗記で答える方が楽ですからね。

また得てしてこういう人達との対話というのは成り立ちません。それは対話には自身の考えが必要なのですが、師弟原理主義者には自身の考えがなく、あるのは記憶の中の蔵書の様に師匠の言葉だけなんですね。だから会話への応用が効かずに、言葉が尽きると得てして感情的になり、こちらへの個人攻撃が始まってしまいます。

まあ原理主義者からすれば、師匠を貶されたと感じるのでしょうが、実はその師匠を貶めているのは自身の理解度なのですが、大抵その事には気付かず感情的な態度を取ってきます。

「お前らは私の師匠を理解せず、貶めて楽しいのか?」

そんな感情にもなるのかも知れませんね。

要は自分の言葉になってないんですよ。
口から出てくるのは表向きの言葉しか出てきません。

こんな師弟原理主義者ですが、これはシンパにしてもアンチにしても、信濃町界隈からすれば利用価値が大有りで、僕から見たら良く信濃町界隈から活用されていると感じます。

最大限の特徴は「池田先生」という単語を使えばコントロール出来るのですから、簡単なものです。

もし師弟原理主義から離れたいのであれば、それは簡単で、自身の心を池田会長から離せば良く、その上で自分自身の考え方を見直して観ることです。

でもまあ、師弟原理主義に染まりすぎた人ほど、それがとても難しいんですけどね。

何故その様にえるのか?
僕の過去がそうだったからですよ。

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