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想学談林-管理者の部屋

想学談林の管理人が、たまにぼやく言葉の部屋です。 お時間があれば、お付き合い下さい。 想学談林:https://sougakusalon.wixsite.com/sougaku-danrin/home

   

【20171110】法難再考

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今週もあっという間に週末となった感じがします。
学生の頃の三日くらいの感覚で、一週間が過ぎてしまうからたまりませんね。
一週間を振り替えると、何だかんだとやってたんですが、やはり短いです。

時間は大事にしないと。

さて、今回は「法難」について少し考えてみましょう。ここでいうのは「法難」と言うよりも、人生の中の難という事かもしれません。

よく創価学会で活動してた人は言いますよね。「難に逢ってない人は信用できない」とか「難に逢ってないから云々」という言葉。

確かに牧口会長は獄死して、二代目戸田会長も投獄され、三代目池田会長も大阪事件で拘留されてました。
かつて池田会長は「難に逢ってない人間は信用できない」という様な発言もしてましたよね。

確かに歴史的に事を為した人間の多くは、大なり小なり権力側から迫害されていますので、そういう人は信用に値するというのはあると思います。なにせ自身の信念の為に殉じた行動をとった訳ですから。

でもそうであれば、創価学会としては法然房源空(いわゆる念仏宗開祖の法然です)も尊敬して良いのではありませんか?

立正安国論では、主人は法然を責めています。それに対して客人は、何故そんなに責めるのかと問いただし、法然を責めた人が京都から鎌倉の間の人々にもいなかったではないかと言うと、

「其の上去る元仁年中に延暦興福の両寺より度度奏聞を経勅宣御教書を申し下して、法然の選択の印板を大講堂に取り上げ三世の仏恩を報ぜんが為に之を焼失せしむ、法然の墓所に於ては感神院の犬神人に仰せ付けて破却せしむ其の門弟隆観聖光成覚薩生等は遠国に配流せらる、其の後未だ御勘気を許されず豈未だ勘状を進らせずと云わんや。」(立正安国論)

と、1224年(元仁元年)に延暦寺と興福寺(共に天台宗)からの奏聞(朝廷への意見奏上)により勅宣と御教書(朝廷からの命令)を下され法然の史跡や墓所、また弟子達が島流しにあった事を述べています。

何故この様になったかと言えば、法然の説いた念仏により、従来の既成仏教が衰退したからであり、これは当時の天台宗が「正法が廃れる」という事よりも、いまだ勢いが衰えない念仏宗を権力の力を借りて既成の仏教勢力が潰しにかかったとみても良いでしょう。

また法然自身も晩年の時に讃岐に島流しにもあってますが、これも法然が念仏を広めた行動の故です。

確かに法然の説いた教えというのは、法華経を下げるものであったかもしれませんが、自身の信仰により権力者から迫害にあったという事では、むしろ創価学会の述べる「難にあった人」という事に通じるのではないでしょうか?

だから「難にあった人は正しい」「難にあっていない人は正しくない」「信用できない」という事であれば、法然房源空も信用して良いという事になるのではありませんかね?

「いやいや、、、単なる難ではなく正法を広めた事での難を言うのであって、法然房源空は邪宗を広めたのだから、それは違う」

そんな事を云うのであれば、牧口会長や戸田会長は大石寺の教義が故に難にあったわけであって、いまの創価学会からすれば、それもオカシナ事になりはしませんか?
牧口会長が目指した広宣流布とは、弘安二年大本尊を日本国民が信じ、大石寺の法主の下に天皇陛下が参詣にくる時代を目指したものでした。しかし昨今、創価学会では弘安二年大本尊を受持の対象から外しています。

特高尋問調書を良くみてみましょうよ、、、そこで牧口会長が主張していることを読んでみてください。この尋問調書は公立図書館であれば入手が可能なのですから。

ここで僕が言いたい事。

それは「権力側に迫害されたから正しい」とか「難にあっていない人は信用できない」という事は、安直に言ってはいけないのではないかという事なのです。そしてもしその様に言うのであれば、しっかりとその「難」という事の本質を理解してから、語って欲しいものだと思っています。

池田会長の大阪事件の拘留について、あれば「法難」ではありませんね。
あれは難というよりも、選挙を通じて出てきた新興勢力を毀損の権力側が潰しにかかったという事、そして創価学会側でも基本的に公職選挙法ギリギリの事をやった結果としての犯罪嫌疑があった訳で、責任者の池田会長が拘留される事自体、何らおかしな事ではありません。

要は「脇が甘かったから拘束された」という事であり、しかも法難という割に、池田会長は東京蒲田の自宅まで大阪府警の警察が来て逮捕・拘留されています。人間革命でいう「激流に飛び込むごとく、自ら大阪へ向かった。」なんかではありません。
詳細は日本経済新聞の1957年7月4日の夕刊記事を見てください。

日蓮の法難でも「小松原の法難」は、単純に法華信仰によるものではなく、領家の尼と言われる東条御厨の荘園をめぐる地頭(東条景信)との争いに日蓮が関与した事が発端として起きた事件です。だからこれは「法難」と言っても少し違いますよね。

また松葉が谷の法難においても、日蓮を襲ったのは鎌倉大仏の造立に携わっていた仏師だと言われていますが、その理由も日蓮の念仏批判に対して自分たちの仕事が奪われるという、彼らの不安を煽り立てられたからであり、単純に法華経を広める日蓮の行動憎しというものでは無いようです。

歴史上、「法難」と言われ信仰が故に迫害される。
そういう様に語られている内容についてもしっかりと考察し、その内容については理解する必要があるし、その上で「難にあったから信じれる」「難にあってないから偽物」を語る必要があるでしょう。

人を評価するのは「難にあったか、あわないか」以前に、人間としてどの様な立ち位置で生きているのか、行動してるのか。

まずはそういう視点も忘れないで欲しい無いもんです。

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【20171109】御本尊の相貌と効用

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今日は関西に出張に来ていて、これから東京方面に戻ります。

そう言えばトランプ大統領、今度は訪中ですよね。習近平氏とはどんな話をするのでしょうか。
極東アジアが平穏の為になる内容なら良いんですけどね。

さて本題です。
日蓮の文字曼荼羅。創価学会では日蓮直筆のものではなく、大石寺の第二十六代貫首・日寛師の書写したものを「謹刻」してます。まあ第一次宗門問題でいう処の「模刻」ですが、実際には製版による印刷物です。

製版なので、栃木県浄圓寺所蔵の日寛師曼荼羅を写真に撮り、データ上で脇書きを削除して製版してますが、大石寺関係者にはこれが気に食わないらしく、「偽造本尊」とか「贋本尊」と言っていますね。

何でもあの本尊は日寛師が浄圓寺に対して「一機一縁の本尊」だとか、何だかんだ難癖を付けています。そもそも「一機一縁」なんて考え方、日蓮にはなく、これはあくまでも日蓮没後の後世の弟子が言い出したことです。

この脇書きを削除した事、なぜそれほど騒ぐのか僕は理解できません。

大石寺では、本尊書写の権能は、代々付法の法主の権能であり、御本尊は法主の開眼無ければならぬと言いますが、既に今までの宗門問題の論争の中で、そんな事は無かった事が明かになりました。

例えば池田会長の御本尊謹刻についても、第一次宗門問題に関する裁判記録に、時の藤本日潤総監が「手続きの問題だ」と証言してますし、もともと法主にのみ特別に流れる「別の血脈」なんてのもありません。

だから日蓮の文字曼荼羅は、何もオカルト的な事なぞ無く、首題のお題目と、愛染・不動の梵字、また十界の諸尊の姿に意味があるという事でしょう。

要はあの相貌に意味があるという事であり、あの姿は法華経で説かれている虚空会の儀式の姿を、日蓮が自身の感得したものとして顕したものです。

宗門では歴代貫首が、弘安二年の大本尊を、貫首の「御内証」に基づいて書写したと言いますが、この書写されている内容も貫首によってバラバラです。また「御本尊口決七箇相承」という相伝書があり、それに基づき書写しているとも言いますが、第三祖の日目師の書写した文字曼荼羅は、その相伝書をまったく無視した相貌となってますので、この相伝書に至っても日目師以降の後世の創作と言っても良いでしょう。

まあ日蓮直筆の文字曼荼羅にしても、細かい処が当初はバラバラなので、そもそも細かい事は決まってなかったのかもしれませんね。

だからやれ「脇書きがない」とか「賛文で二千二百三十余年」になってないとか、そんな事は大きな問題ではないという事でしょう。

例えば御本尊にお題目を唱えている時、脇書きだとか賛文だとか目につきますか?
恐らくそんな文字の細かい処まで意識している人はいないでしょうし、気づかないと思うのです。

先に書きましたが、法主の開眼なければ、悪鬼が文字曼荼羅に入り、その文字曼荼羅にお題目を唱えたら不幸になるという話ですが、これは恐らく祈る本人がその文字曼荼羅にどの様な思いを持っているかに依るのではないでしょうか。

創価学会の文字曼荼羅は宗門のいうように「贋本尊だ」と、心の片隅にでもあれば、結果としてそのいのりは不幸を呼び寄せ、宗門の日顕師の書写曼荼羅を「気持ち悪い」と思ったら、それが結果を呼び寄せる。

そういう事ではありませんか?

これは身延で販売している、日蓮直筆を製版した文字曼荼羅についても同じことが言えるでしょう。

でもそんな事を考えたら、果たして日蓮の文字曼荼羅とはどの様なものなのか。日蓮は観心の本尊と言ってますが、あの相貌とは虚空会の儀式の姿を、一幅の文字曼荼羅の形式に顕したものであり、それが自分自身の心の奥底にあるよという事を示したものかもしれませんね。

そういう意味で「根本尊形」としての本尊なのかもしれませんが、過去に戸田会長が言った「幸福製造機」でもありませんし、日寛師が言った「祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなし」という本尊でも無いのかなと、僕はそう思ってます。

日蓮の文字曼荼羅は、あの相貌に意味があり、脇書きだとか諸尊の数、また賛文等にはあまり意味が無いのかもしれませんね。

【20171108】悟達という考え方

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今日は午後から関西方面に出張です。
やること多くて良いのですが、最近疲れが取れなくなってきまして、翌日に出張先から事務所に戻るのが辛いです。

でも仕事ですからねー。
致し方なしです。

さて最近の若い会員は知らないかも知れませんが、戸田会長の獄中の悟達という事について少し書いてみたいと思います。

戸田会長は巣鴨拘置所に拘留されている間、二つの悟達をしたと人間革命なる小説で紹介してますよね。

一つは「無量義経」にある三十四の否定から「仏とは生命なんだ!」という事。二つ目はお題目を唱えているうちに虚空会を体験して、自身の人生の意味を理解したという事。

ある意味で創価学会の存在意義はとは、この戸田会長の二つの悟達にあると言っても良いのですが、これを皆さんはどう思いますか?
でもまあ最近の創価学会ではそんな事は言あまり語らなくなりましたね。でも永遠の御大のいう「生命論」の根源は、この戸田会長の悟達から来てると言っても良いでしょう。

さて、まず無量義経。これは言わずと知れた出所不明の経典ですが、天台大師が法華経と結びつけ、法華三部経の開経とされました。そこで述べられる「其の身は~」という仏の賛文から、戸田会長が悩みに悩んで閃いたのは「仏とは生命の事なんだ!」という事なんですね。

これはぱっと直感的に納得してしまいますが、チト待てよと。ここでいう「仏」とはどの様な事を言うのでしょうか?

大乗経典に説かれている仏なのですか?
それは釈迦仏か阿弥陀仏か、それとも大日如来の事なのか。いやそもそも三世十方の仏を言うのか。
それとも一人ひとりに内在する仏性を、ここでいう仏と呼ぶのでしょうか?

この仏教で呼ぶ仏を「生命」と呼ぶ事は、感覚的にはとてもフィットしますが、では具体的な事はとなると、途端に様々な事が交錯してしまい実体がぼやけてしまいます。

これは悟達というよりも、戸田会長の「閃き」に近いものであり、まだまだ考察が必要な事だと思うのです。

あともう一つ、虚空会の話。
これについては、このブログでも過去に書きましたが、僕も当初、小説・人間革命で読んだとき、戸田会長はどの様な情景を見たのか興味があり、その話から戸田会長の辿り着いた境地に思いを馳せました。

霊鷲一会・厳然未散

さぞかし素晴らしい体験なのだろうと思ったのですが、これについて青年部時代にも似たような体験の話を部員の中から聞いたことがありました。

悩みに悩んでお題目を唱えていたら、仏壇が光輝いて目が眩んだ話、御本尊が金色に光輝いていた話。ネットでも法華経の虚空会を体験したと広言して憚らない法華講員までいました。

ではこれ等を体験した人達は、悟りを開いたのかと言えばそうではなく、どちらかと言うと逆にその体験に縛られ思考が膠着化していたりします。

こういう体験は一般的に「宗教体験」とも呼ばれ、例えばキリスト教でもイエス様を見たとか、マリア様を見たなんて話もある位なので、要は人間が祈るなかで内面体験として起きることなのでしょう。

戸田会長にしても、光輝く大御本尊に対して多くの人達と共にお題目を唱えていたといい、その場には日蓮大聖人も居たであろうと述べ、生涯、法華経の流布に勤める決意を固めたと言ってました。

しかし戸田会長の広めようと決意した教えは大石寺の教えであり、実際にどこまで日蓮と同意であったのか解りません。

こういう事を考えたとき、これは戸田会長の内面的な体験の話であって、仏教でいう悟達と同列に扱ってよいものなのか、僕は個人的に疑問を持ってます。

思うに仏教では、釈迦は悟りを開いたと言いますが、その悟りの内容について具体的な記述はありません。

例えば釈迦が菩提樹の下に座して、瞑想の中で一つ前の人生、二つ前の人生、十前の人生、百前の人生、そして幾つもの宇宙の誕生や消滅の中で、自分はどの様な存在であったか、思い返す中で、夜明けの空に光輝く金星を見て、悟りを開いたとも言われています。

では一体、何を悟ったというのでしょうか?
一説には「悟りを開いた」ではなく「知った(知見した)」のであり、後世の弟子が釈迦を権威付ける為に、あえて「悟達した」という形を作ったとも言われています。

考えてみれば、末法の御本仏と大石寺では呼んでいる日蓮にしても、例えば文字曼荼羅について見てみると、龍ノ口の法難後、相模国依知で初めて「楊枝本尊」を顕しました。しかしそれから弘安五年に亡くなる前まで、様々な相貌の物があります。

形式として大枠は後年になると固まって居たようですが、僕はその文字曼荼羅を拝見したとき、日蓮も生涯思索を止めなかったのではないかと思いました。

ある意味で「悟達した」とした場合、そこを到達点として人は安住してしまうものですから、本当は「悟達」なんて必要ないと思ったりもします。

人生は十人十色、百人百景、一人として同じ人生を歩む事はありませんからね。

恐らく戸田会長の悟達とは、創価学会が自らの組織の奥深さを述べるために、そんな個人的な体験をあえて利用したのかもしれませんし、戸田会長もそういう事を考えたのかもしれませんね。

仏法に悟達は必要ないと思いますよ。

【20171107】三障四魔考

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今年の課題は何とかクリアして、来年に向けて進めてますが、この来年に向けてと言うことで、既に幾つかの課題が見えてきてます。

人生とはまるで「山登り」の様ですね。
一つの峰を越えたら、既にそこには新たな高みの峰が見えてきて、終わりというのが見えません。

まあここでいう「終わり」というのは、この世界から去る時であり、そういう意味からすると、僕の人生はまだまだ続くのでしょう。

生きていくには様々な悩みに常に直面するのですが、そんな中で少し「三障四魔」という事について考えたことを記事にします。

ネット等で、このキーワードを検索すると、殆どが創価学会の活動家による解釈が出てきます。

「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る・乃至随う可らず畏(おそ)る可らず・之に随えば将に人をして悪道に向わしむ・之を畏れば正法を修することを妨ぐ」

創価学会の解釈では、学会活動をすると、様々な障害や問題が起きるといい、それらを纏めて三障四魔なんて言ってますよね。

だから学会活動から離れた人などは「魔に食い破られた人」なんてレッテルを平気で貼って、この事を解った気になってます。

大石寺の法華講や創価学会、また顕正会等では、この言葉自体が日蓮作の言葉の様に思ってたりしますが、元々は天台大師が言い始めた言葉で、摩訶止観の第五巻には「修行が進み、仏法の理解が深まってくると、三障四魔が紛らわしく入り乱れて競い起こってくる」と述べられているのを、日蓮は御書で引用しているんですね。

摩訶止観で述べていると言うことは、当然、そこで説かれている「内観」という修行の中、己心の中に現れ吹き荒れるモノを本来は「三障四魔」と呼んでいるわけです。

日蓮の場合「受持即観心」なのだから、御本尊を持つ事で、即天台の観心に通じるのだから、学会活動で出てくるのは当たり前である。なんて聞こえて来そうですが、受持即観心という言葉、御書には見当たりません。

創価学会がこの言葉の文証として、観心本尊抄の「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」を引用しますが、これはお題目の五字を受持する事で仏の持つ功徳を得られるという事であって、観心の事は述べてないのです。

僕は本来、観心の中で巻き起こる事であれば、それぞれの信仰者の心の中に吹き荒れるモノ三障四魔であって、信仰者の生活の環境に出てくるのは、本当の意味での三障四魔では無いと思います。

よく創価学会で云うではありませんか、心の中に赫々とした大確信があり、そこに様々な障害が襲い来たっても、この大確信の燃える心で乗り越えるんだ!みたいな言葉。

それは三障四魔なんかでは無いのではありませんか?

だってそういう人って、妙に「躁状態」にあって、多くは自分の内面の事なんかに目を向けてませんよね。眼に映っている事も目の前の事象ばかりで、己心の中にどの様な存在があるかとか、何も考えてませんよ、大概は。

仏法が「内道」であるならば、三障四魔も己心の中に吹き荒れるものであって、その己心の中に吹きすさぶ様々な苦悩が、その人の環境に「呼び呼ばれて」現出することがあったとしても、本当の嵐はその人の心の奥底にあるはずなのです。

詰まるところ、三障四魔との闘争は、どこまで行っても己心の中の精神闘争だと思うのです。

だから恐らく勤行・唱題という行為も、自己の内面闘争の為と言ってもよく、吹きすさぶ心の中の嵐との対決なのかも知れませんね。

処で三障四魔とは何なのか、少し振り替えっておきます。

【三障】
◆煩悩障
仏道の妨げの心、貪・瞋・痴(とんじんち)の三毒の煩悩によって仏道修行を妨げる働き

◆業障
魂に刻まれた業、言語・動作、または心の中において悪業を造り、為に正道を妨げる働き

◆報障
因果応報、悪業によって受けたる地獄・餓鬼・畜生などの果報の為に妨げられる働き

【四魔】
◆陰魔
正しくは五陰魔(ごいんま)といい、心身からくる妨げで、色・受・想・行・識の五陰が、和合して成ずる身体は種々の苦しみを生じる働きをいう。五蘊魔(ごうんま)ともいう

◆煩悩魔
煩悩障におなじ、心身を悩乱して、菩提・悟りを得る障りとなるから煩悩魔という

◆死魔
修行者を殺害する魔、死は人命を奪うから死魔という天子魔

◆天子魔
第六天魔王(天魔、マーラ・パーピーヤス、魔羅・波洵、他化自在天ともいう)の働き

これらの事が、自分の中にどの様な姿となって現れてくるのか、少し再考してみてはいかがでしょうか?

【20171106】墓の問題

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今日の朝は冷え込んでますね。布団から出るのにかなり勇気がいりました。
いま日本にはアメリカのトランプ大統領が来てますが、何を安倍総理と話をしているのか、気になります。

あの安倍総理かこの間の選挙を「国難突破解散」と呼んでました。一部マスコミでは加計や森友学園問題を煙に巻くためという論調もありますが、僕はこの言葉に、それとは違う、かなりきな臭い感じを持ってます。

杞憂であれば良いんですけどね。

さて今回は墓の事を少し。
僕のルーツの墓は、とある地方の限界集落にあります。父親がたの実家ですが、その実家には跡取りもいなく、今では父親の兄弟が見ています。あと十数年経ったら、恐らく無縁仏の墓になるのではないかと思います。

僕の親の墓は、やはり地方にありますが、何の因果か、こちらも跡取りがなく、この先はどうなるんでしょう。
僕がいずれは面倒を見なければなりませんが、通うのに車で数時間の距離なので、これはこれで大変な感じがしています。

嫁の実家の墓も、既に一杯らしく、果たして我が家の墓所はどうしたら良いんでしょうね。

子供たちも何れ家庭を持てば、彼らは彼らで考えるにしても、墓所が彼らの負担になってはしょうがないですからね。

思うに日本の墓は「◯◯家之墓」みたいな墓標ですが、今の日本では既に家制度が崩壊して久しく、核家族が普通なので、この墓の考え方は時代にはそぐわなくなってきてますね。

まあ墓本来の意味で言えば、残った家族や親族が、亡くなった人とどの様な関係を持つのかという意味合いが強く、亡くなった本人にはあまり関係ない代物ではないかと思うんですね。

死んでしまえば、そんな墓の有無なんて関係ないと思うのです。

一部の怪しげな人達は、墓参りの重要性を殊更語ったり、そのために「霊障がある」見たいに言ってますが、僕が思うにそういう「障り(さわり)」というのは、本人の中にある感情的な拘りが原因であって、亡くなった人の亡霊まがいな事では無いでしょう。

僕の親の墓は公共的な色合いの強い墓苑にありますが、創価学会の管理する墓苑に墓を持つ人は、その子々孫々まで創価学会と何らかの繋がりを持たざるを得ないのかもしれません。宗教学者の島田氏は創価学会の将来を「葬式仏教化する」と言ったのも、このあたりにあるのでしょう。

そういえば創価学会で過去にあった「大分の乱」と言われる問題も、大分の創価学会地方幹部が、この墓苑事業で私腹をこやし、それを告発した現地の末端組織幹部が処分された問題ですが、こんな人の死に突け込んで私腹を肥やすなんて、人として既に終わっているというもの。

でも創価学会の職員幹部には、そんな終わった人達が結構いると思いますよ。

既に「家制度」が終わってしまった日本で、人の送りかたや、その後の偲び方、墓の在りようについては考えなければいけない時期に来てますよね。

そしてそこには人の死生観が関係して来ますので、そういう事も再考しなければならないでしょう。

自分は何処から何のために来て、どこへ行くのか。

そういう事を考え、指針を示すのが宗教の役割だと思うのですが、日本の既存宗派や創価学会を始めとした宗教団体に、それを求めるのは難しそうですね。

だから一人ひとりが考えないといけないのではありませんか?

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